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異端・カルトシリーズ(5)合同結婚式を経験したYさんに聞く

2017年6月19日16時13分 記者 : 守田早生里 印刷
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+異端・カルトシリーズ(5)合同結婚式を経験したYさんに聞く
Yさんが合同結婚式に臨んだ時の写真
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1992年、桜田淳子や山崎浩子など有名芸能人が韓国ソウル市で行われた合同結婚式に参加したことから、メディアでも大きく取り上げられた「統一教会」(世界平和統一家庭連合)。その合同結婚式に参加した経験を持つ元統一教会員のYさん(40代)に話を聞いた。

埼玉県で生まれ育ったYさんは、勉強も遊びも一生懸命にやる普通の子どもだった。しかし、両親の影響で早くからパチンコを覚え、次第にギャンブルにも手を出すようになり、高校時代からは、友人とマージャンをするようになったという。

高校卒業後、大学進学を目指していたが、現役での合格はかなわなかった。1年浪人して、「来年こそは」と思っていた矢先、自宅に1通のハガキが届いた。自衛隊への勧誘ハガキだった。それまで興味もなければ、入隊したいとも思っていなかったが、浪人中、勉強に集中できず、「一浪してダメだったら、自衛官もいいかな」と考え、資料を請求した。

すると、自衛隊地方連絡部の自衛官2人が自宅を訪れ、Yさんと両親にスライドなどを使って丁寧に説明をしてくれた。そして、その日のうちに一般教養の試験日や身体測定の日時が決定。それらに合格すると、すぐに入隊日が決まった。

18歳で自衛官となったYさんは、それから厳しい訓練と規律、人間関係の中に身を置くことになった。

自衛官になって4年目、幼なじみに誘われて、初めて統一教会の組織の1つ、ビデオセンターに行き、ビデオを見た感想などを話したという。初めこそ、付き合いのつもりで行っていたが、政治に関しても熱く議論する同世代の信者らにだんだん興味が湧いてきた。

当時、湾岸戦争が始まっていたにもかかわらず、バブル期だった日本の若者は、そんな世界の動きとは裏腹に遊びほうけ、大人たちは景気のよい話ばかりをして浮かれていた。しかし、「ここにいる人たちは、何か違う。一生懸命に平和について話し合っている」と感じたという。こうして休日は、自衛官の官舎から統一教会の集会に通う日々が続いた。

「最初は、教理に共感したとか、文鮮明に心酔したとかではありませんでした。ただ、そこにいた自分と同じくらいの若者の考え方とか人生観に引かれていったのかなと思います」

22歳の時に自衛隊を退官。友人に誘われるまま統一教会に献身した。信仰は持っていなかったが、献身(共同生活を開始)した時に、自衛隊からの退職金、貯金はすべてささげた。「エジプト焼き」と呼ばれる、入信前に思い入れのあった物品を焼く儀式では、ギャンブル好きだった自分と決別するため、馬券などを焼いたという。

退官後、統一教会の組織の一部である有限会社に就職。その中で、統一教会発行の新聞「世界日報」の配達、集金、営業なども行っていた。他に、「万物復帰」と呼ばれる物品の販売、宣教活動も熱心に行った。

24歳の時に、韓国ソウル市内で「合同祝福(合同結婚式)」を受けた。相手は、東海地方に住む日本人女性だった。

「事前に写真やプロフィールのようなものをいただいていました。しかし、『今日からあなたの奥さんです』と言われても、『恋愛感情』は突然生まれるものでもないので、初めは何とも思いませんでした」

入籍をするか否かは本人たちに任されていたが、Yさんは女性のことも考えて籍を入れることにした。しかし、Yさんは相変わらず関東地方、妻となった女性は東海地方でそれぞれ共同生活を送っていた。たまに電話で連絡を取り合ったり、相手のいるところに会いに行ったりと、およそ「夫婦」と呼べるような生活ではなかった。それでも、「教祖である文鮮明が選んでくれた伴侶」と信じていた2人は、別々に生活をしながらも信仰と愛を育んでいった。

「あまり相手のことを好きとか嫌いとか考えたことはなかったのですが、ある時、ちょっとしたことで電話で口論になり、『あなたは私のことなんか、全然分かっていないじゃない』と怒られてしまったことがあるんですよ。その時、相手が自分のことを思ってくれていたことに気が付き、申し訳なく思いました」

このような日々の中、両親は、彼が統一教会にいることを突き止めた。そして、異端・カルトの救済を行っているキリスト教会に相談に行ったという。

共同生活先と実家は比較的近かったため、Yさんは毎週末、帰省していた。しかし、ある日突然、「話し合い」が行われた。家族、親族に囲まれ、「助けて」と大声で叫んで抵抗したが、無理やり車に連れ込まれた。この時のことをYさんはこう話す。

「拉致監禁ですよね。親からそんなことをされるわけですから、たまりませんよ。毎週、実家に戻っていることを統一教会員の仲間たちは心配していました。しかし、私は『自分の親は大丈夫』と言っていました。その手前、拉致監禁されたことで、両親に裏切られたことに怒りを覚え、また暴力的な行為には屈辱も感じました。両親を憎み、生きるのがつらかったです。その教会はおそらく今までの経験上、もう無理やり連れてきて監禁状態にするしかないと思ってそうするのだと思いますが、僕はこれには今でも疑問を持っています。もっと僕を信じてほしかった」

そんな中で、キリスト教会の牧師との話は続いた。聖書と原理講論、どこが違って、何が間違っているかを聞かされた。そのような中でYさんは聖書の言葉を思い出して耐え忍んでいた。

「それゆえ、信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で、最も大いなるものは、愛である」(1コリント13:13)

原理講論に間違いがあることは分かったが、今まで世話になった統一教会の仲間たち、何より元妻の存在もあったため、なかなか脱会する決断はできなかった。しかし牧師から、「知った責任がある」と言われ、心に楔(くさび)を打ち込まれた思いがしたという。

それから4カ月後、教会員の仲間や元妻と会うことになったが、Yさんが組織に戻らないことを知った彼らは、だんだん距離を置くようになっていった。

脱会しても婚姻生活は継続したいと望んでいたが、信仰の壁がそれを許さなかった。さまざまな方法を考え、説得もしたが、状況は変わらず、彼女は信仰を選び、2人は離婚することになった。わずか1年の結婚生活だった。

離婚が成立した後、何のために生きてきたのかが分からなくなり、自問自答を繰り返しながら呆然(ぼうぜん)とする日々が続いた。

その後、彼女は「再祝福(再婚)」を受け、韓国の男性と結婚して子どもも授かったと聞いた。連絡はそのあたりで途絶えてしまい、現在はどうしているのかなど、全く分からないという。

一方、Yさんは現在、建築会社に勤める傍ら、教会の奉仕にも熱心に取り組んでいる。離婚して以来、現在もなお独身でいる。日曜は教会学校の教師となり、今一番楽しいのは「子どもたちの笑顔を見ること」だという。

「統一教会に入信したことを後悔していませんか」と尋ねると、「確かにいろいろありましたね。でも、僕はたぶん統一教会に入っていなければ、キリスト教会につながることもなかった。だから、遠回りはしましたが、こうして今、真の神様とつながることができてよかったと思いますよ」とほほ笑む。

インタビューが終わると、これから教会のトラクトを配りに行くのだと言って席を立った。

※ 日本のキリスト教界では「統一協会」と表記して「教会」ではないことを示しますが、ご本人の希望により、正しい略称である「統一教会」としました。

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