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死に勝るいのちを得て―がん闘病817日の魂の記録―(90)膿漏の癒やし 米田武義

2016年10月20日07時44分 コラムニスト : 米田武義 印刷
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膿漏(のうろう)の癒やし

先月から、家庭集会でマルコの福音書の勉強をしている。家で5章くらい読んできたが、その中で、片手のなえた人の癒やしと、12年間長血を患った女の癒やしに着目した。

というのは、他にも多くの癒やしの例が挙げられているが、この2例は、患者がオープンにイエス・キリストに病気を治してくださいと言っているのではなく(他の例のごとく)、消極的にイエス・キリストの憐れみによって治してもらっているからである。

2点目は、2人とも治してもらってから、口外するなとか、言い広めよとかの条件がついていないという点である。片手のなえた人を癒やされたのは、イエスの善い行いであり、人の命の救済であり、全くイエスの恵みによるものであった。

「イエスは怒って彼らを見回し、その心のかたくななのを嘆きながら、その人に、『手を伸ばしなさい』と言われた。彼は手を伸ばした。するとその手が元どおりになった」(マルコ3:5)

12年間長血を患っていた女は、癒やされた後に「安心して帰りなさい。病気にかからず、すこやかでいなさい」(マルコ5:34)と、イエスから祝福を得て、喜び帰っていった。

この2例を読んでいて、私は25年前の自分の経験を思い出した。あまりにもよく似ていたからである。私は25年前に信仰を持つことを決意したのであるが、それまで25年間、喉に悪性の腫瘍があって、いつもそこから膿(うみ)が静かに出ていた。

それは毎日出るのであるが、静かに止まったり出たりするので、なかなか厄介であった。ネクタイやYシャツが知らぬ間に膿でテカテカに光っていることもしょっちゅうであった。毎度のことなので、私もハンカチでサッと拭っていた。決心をしたのは、2月26日の夕方であったが、その日の朝も膿は出ていた。しかし驚くことに、2月27日から、膿胞の源がかれて膿は出なくなり、今日に至っている。

私は、膿の出るのに慣れっこになっていたので、決心するに当たって、それを癒やしてくださいとは祈らなかった。イエス・キリストの全くの恵みで治していただいた。そして後に、祝福をいただいた。マルコ伝の2例の折衷である。私は、イエス・キリストより祝福を頂きながら、証しで奇跡を述べるだけで、本当に感謝が足りなかったと、今つくづく思っている。

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米田武義

米田武義(よねだ・たけよし)

1941年4月16日、大阪生まれ。大阪府立三国丘高等学校、国立静岡大学卒業。静岡県立清水東高校定時制教師を勤めた後、東北大学大学院、京都大学大学院(国土防災技術(株)国内留学生)で学ぶ。国土防災技術(株)を退職し、(株)米田製作所を継承する。2008年4月8日、天に召される。著書に『死に勝るいのちを得て―がん闘病817日の魂の記録―』(イーグレープ)。

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