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後藤健二氏殺害事件から1年 ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか

2016年1月18日17時16分 記者 : 守田早生里 印刷
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+後藤健二氏殺害事件から1年 ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか
シンポジウムには、約140人が参加した。パネリストたちは、さまざまな議論を交わした=15日、都内で
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忌まわしいあの事件から、もうすぐ1年がたとうとしている。昨年1月20日、突然、日本のメディアが伝えた映像には、過激派組織「イスラム国」(IS)の戦闘員とオレンジ色の囚人服に身を包んだ後藤健二氏と湯川遙菜氏の姿があった。

日々伝えられるニュースに釘付けになり、悲しみ、苦悩し、怒り、そして祈った10日間。その結末は、2人の殺害という最悪な形で幕を閉じた。

心優しいジャーナリストが、無残な姿で殺害・・・。後藤氏を英雄化する声も一部で聞かれ、この結果に対し、2人を救出できなかった政府に責任を問う声が上がった。

しかし、一方で、「日本政府からの再三にわたる渡航禁止の警告にもかかわらず、勝手に危険地に入り、結果的に多くの国民に迷惑をかけた」といった声や、自民党の高村正彦副総裁からは、「どんなに使命感があったとしても、『蛮勇』というべきものだった」と後藤氏の行動に対し、批判の声が上がった。

昨年の事件直後に4人のジャーナリストが集まり、後藤氏の事件をきっかけに広がる「ジャーナリズムへの不信感」と同時に、不当な圧力をかける現政府に対しても、看過できない状況にあることを確認した。

ジャーナリストの杉本裕一氏には、政府から旅券を返納するよう求める「旅券返納命令」が下った。この事件について、アンケートによると、政府の対応は「適切」と答える国民が75パーセントにも上った。

この事態に、4人は「後藤氏のような事件がなぜ起こったのか」と原因を検証する義務がジャーナリストにあること、それと同時に「危険地帯でジャーナリストが現実を伝えることの意味」への理解を進めることが必要と話し、まずは一冊の本にそれらをまとめること、そして、シンポジウムを開催することを計画した。

ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』が12月に集英社新書から出版され、今月15日には、都内で同名のシンポジウムが開かれた。

登壇したのは、中東ジャーナリストで元朝日新聞記者の川上泰徳氏、テレビ朝日ニュースセンター編集長の内藤正彦氏、北朝鮮などを中心に取材を重ねている石丸次郎氏、映像ジャーナリストで中東での取材経験も多い綿井健陽氏、原発事故とその後の日本を取材し続け、インターネットTVで放映しているアワネットTVの白井草氏の5人。司会を務めたのは、フリージャーナリストの土井敏邦氏であった。

シンポジウムは、「なぜ危険地での取材をジャーナリストはするのか、なぜ日本人が伝える必要があるのか」「現政府からジャーナリストへの圧力とその背景について」「ジャーナリストが理解されない背景には、一般市民のジャーナリズムへの無理解がある。そこへアプローチするにはどうしたら良いか」の三つのテーマを中心に議論が交わされた。

なぜ危険地での取材をジャーナリストはするのか、なぜ日本人が伝える必要があるのか

後藤健二氏殺害事件から1年 ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか
(左手前から)司会を務めたフリージャーナリストの土井敏邦氏、中東ジャーナリストで元朝日新聞記者の川上泰徳氏、テレビ朝日ニュースセンター編集長の内藤正彦氏

川上氏は、20年以上の中東での取材経験があり、それを通して、自らの思いを語った。「日本で事件が起こったら、ジャーナリストはその現場に行くだろう。中東にいる記者は、中東で事件が起きたら、現場に行く。すでにそこが危険地帯であることが多い。事件をまず見ること、そこから見えてくる社会問題を日本に伝えることは、ジャーナリストの使命の一つではないかと考える。カイロには中東取材の拠点として、14社の日本の報道関係の支局がある。中東において、日本人ジャーナリストと欧米ジャーナリストが取材できる範囲は違う。日本人だからこそできる取材もある。中東は『世界の窓』であると考えると、その現場を日本のメディアが伝える役割があると考える」と話す。

内藤氏は、テレビ報道者の視点から「例えば、中東でテロが起きたとする。現在では、ロイター通信、AP通信などからの映像が豊富にある。しかし、日本人が日本語で、その事件を伝える重要性は大きい。外国の通信社だけに任せるのは、非常に危険。現在では、PCを介して、自分たちの情報を発信することもある。その例の一つがISのプロパガンダではないか。それ以外にも、若者がスマホを持ち歩き、事件があると、すぐにそれを撮影する。私たちとしては、どういった映像をとるか、非常に悩むところではあるが、やめるわけにはいかない」と話した。

後藤健二氏殺害事件から1年 ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか
(左から)北朝鮮などを中心に取材を重ねる石丸次郎氏、映像ジャーナリストで中東での取材経験も多い綿井健陽氏、福島県を中心に放射能問題を取材するアワネットTVの白井草氏

アジアプレスに所属するジャーナリストでイラク戦争勃発以来、中東での取材経験が豊富な綿井氏は、「2003年以降、日本人のジャーナリストが後藤さんを含め、6人が何らかの形で、中東で命を落としている。そのうち、5人とは面識があり、自分の感覚では、経験豊かなジャーナリストほど、こうした事件に巻き込まれているのではないかと感じる。ジャーナリストの死、とりわけ知り合いの死は悲しい。しかし、この死の背景に何があるのかを考えてほしい。ジャーナリスト保護委員会(CPJ)の調べによると、イラクでの報道関係者の死者の数は170人近くに上る。その8割以上がイラク人ジャーナリストであった。よく検証してみると、2006年、2007年に内戦状態、宗派抗争が激化した時期に死者の数が一番多い。しかし、民間人の死者が最も多いのもこの時期であった。まさに、ジャーナリストの死が、イラクの市民と共にあったとも言える」と話した。

現政府からジャーナリストへの圧力とその背景について

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政府から旅券返納を求められたジャーナリストの杉本裕一氏。現在、東京地裁で係争中だ。

第二次安倍政権発足以降、政府からジャーナリズムへの言論介入が著しいという。中東などを取材する記者を抱えている企業には、しばしば警察や外務省から電話が入るというのだ。

「お宅の会社の~さんという記者は、どこにいらっしゃいますか?」や「~さんが中東に取材に行くとツイッターでつぶやいていましたが・・・」などと言われることが多いのだという。

外務省には、邦人保護の観点から、日本人の身の安全を確認する必要があるのだろう。外務省から報道各社に流れてくる通達には、「いかなる理由があっても、記者関係者、報道関係者の渡航を見合わせるよう強くお願いいたします」とあったという。

これに対し、石丸氏は、「外務省を含め、政府関係者が『心配』してくださる気持ちはよく分かる。しかし、権力がメディアに対して、こうした『お願い』をするのはおかしいのでは? 危険かどうかは、メディアやジャーナリストが判断することであって、政府にお願いされるたぐいのことではない」と訴える。

ジャーナリストが理解されない背景には、一般市民のジャーナリズムへの無理解がある

邦人の拘束事件などが起きると、一斉にバッシングの声が聞かれる。ジャーナリストを「蛮勇」と表現する政治家、「自分勝手な行動」とする世論。こうしたバッシングは、日本国内において、特に顕著に見られる。

その背景とは何か? 綿井氏は、「僕の行動や立場を理解しろというのは、難しいと思う。しかし、僕が撮った映像の中に映る人々のことは覚えていてほしい」と語った。

白石氏は、「国際ニュースが、日本に極端に少ないのは、『自分との関わりがよく分からない』とか『中東問題は難しくて分からない』とかいった意見もあるのでは。警察や税務署も、小学校に出向き、『出前講座』などを積極的に行っている。ジャーナリストも、こうした努力が必要なのでは」と話した。

安田純平氏の消息について

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安田純平氏の消息について報告するテレビ制作会社の高瀬仁氏。「必ず無事に日本に帰ってくると信じている」と話した。

この日、シリアで拘束されている安田純平氏についても新たな情報が発表された。安田氏は、12月に出版された『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』に執筆も予定されており、同シンポジウムを開催したジャーナリストたちの「仲間」でもある。

彼の消息について、テレビ制作会社の高瀬仁氏は、安田氏の拘束以前から本人、家族、現地と連絡をとっている。

高瀬氏によると、安田氏がトルコに入ったのは、昨年5月23日。現地から本人は、「シリアに入るのが非常に難しい状況になっている。今回は難しいかも」と高瀬氏に連絡。しかし、トルコ南部の国境付近で、安田氏は取材を重ね、「これが、非常に良いものだった。十分、番組になりそうだ」と話していたので、高瀬氏は当然、帰ってくるものと思っていた。

しかし、6月20日になって「シリアに行く道が確保できた」と連絡。6月22日には共同通信の原田氏、翌23日にはジャーナリストの常岡浩介氏にもシリアに入る旨を連絡した。高瀬氏は、「おそらく、この直後に拘束されたのではと考えている」と話す。

7月3日には、現地から安田氏と連絡が取れない旨の情報が入り、翌4日には、拘束されたとする情報が高瀬氏のところにも入った。拘束された場所は、イスラム教過激派ヌスラ戦線が強力に支配する地域であったため、当初、高瀬氏の周辺では、「安田氏は、ヌスラ戦線に拘束された」と考えられていた。

安田氏の古くからの友人である常岡氏は、7月12日にトルコへ向けて出発。しかし、昨年1月の後藤氏の事件以降、ことごとくジャーナリストたちの入国がシリアだけではなく、トルコでも規制され始めている。外務省は否定をしているが、「日本政府から、何らかの通達があり、入国できないのではないか」と他のジャーナリストも口をそろえている。

この時も同じく、常岡氏はトルコに入国を拒否され、帰国している。トルコや中東地域に強力なパイプを持つジャーナリストたちが、少なくても3人、入国をすることすらできなくなっている。

しかし、国内から、高瀬氏が確認しているだけでも四つのルートで、直接または間接的に拘束グループに接触している。彼らが接触している中で明らかになったのは、安田氏を拘束したのは、当初ヌスラ戦線ではなかったということだ。

小さな武装グループがヌスラ戦線のテリトリー内で安田氏を拘束したらしいとの情報を元に、これに激怒したヌスラ戦線が彼らに攻撃を仕掛け、死者が出るほどの交戦となった。結果、安田氏の身柄は、現在、ヌスラ戦線が拘束しているが、12月10日には、シリア北西部にあるイドイブ県で生存を確認している。

ヌスラ戦線は、元々、ISと同じくくりのアルカイダ系武装勢力であったが、枝分かれし、現在では、ISと最も激しく対立するグループになっている。彼らは、ジャーナリストを拘束したこともあるが、いずれも殺害はしていない。2012年には、スペイン人ジャーナリストが3人拘束されたが、クェート政府の仲介によって、身代金などを支払うことなく、解放されている。

しかし、12月23日に「国境なき記者団」が安田氏拘束について、「家族や政府に身代金を要求している」など不確かな情報を流したため、事態が硬直。原因は、スウェーデン人のN氏が外務省に金銭のやり取りを含む何かしらの交渉を働き掛けたことにあると高瀬氏は話す。

外務省は、一切取り合わなかったために、N氏は「国境なき記者団」に話をもちかけた。N氏がトルコへのパイプがあることは、おそらく事実であり、安田氏直筆の手紙を外務省に届けたと話している。高瀬氏もその手紙を確認したが、「どうやら本物のようだ」と話している。

なぜ、ジャーナリストが戦場に向かうのか?「安田氏は、以前出版した著書の中で、『戦後60年が過ぎ、戦争を知る日本人が年々減少する中で、戦争の現場を知る人が増えることは、社会にとって戦争が空論に踊らされないためにも有意義ではないか』と語っている。彼は非常に優秀なジャーナリストだ。アラビア語にも長けている。必ず無事で帰国すると信じている」と高瀬氏は話を結んだ。

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