神の契約と救いの計画 穂森幸一(102)

2018年4月5日10時42分 コラムニスト : 穂森幸一 印刷
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「あなたがたは、この契約のことばを守り、行いなさい。あなたがたのすることがみな、栄えるためである」(申命記29:9)

契約の箱(アーク)とは、モーセの十戒が刻まれた石板を納めた箱です。イスラエルがバビロニアに滅ぼされる前にどこかに隠されたらしく、行方が分からなくなっています。いろいろな伝説が残されていて、シバの女王の息子がエチオピアに隠したとか、シルクロードを経て日本に持ち込まれ、剣山に隠したという説まであります。「失われたアーク」というハリウッド映画ができるほどに注目されています。

インターネットニュースで、聖書考古学者のロン・ワイヤット氏がエルサレムの地下洞窟で契約の箱を発見したという記事を目にしたとき、とてもワクワクしてしまいました。エルサレムの地下は隠されていて当然の場所であるということがいえます。また、契約の箱が置かれている所は歴史的な出来事が起こるということを考えますと、とても納得できるニュースではないかと思います。

契約の箱は、アカシヤの木で作られ、長さ130センチ、幅と高さがそれぞれ80センチで、装飾が施されていたといわれます。地面に直接触れないように、箱の下部四隅に脚がつけられています。また、持ち運びの際に箱に手を触れなくてもいいように2本の棒が取り付けられ、これらすべてが金で覆われていたそうです。そして、箱の上部には、金の打物造りによる天使ケルビムが2体、契約の箱を覆うように翼を広げ、顔を向かい合わせて置かれていたとあります(出エジプト25章)。

モーセの時代に、この中へマナを納めた金のつぼ、アロンの杖、十戒を記した石板という三種の神器が収納されていました(ヘブル9:4)。しかし、ソロモン王の時代には、十戒を記した石板しか入っていなかったと伝えられています(歴代誌下5:10)。

イスラエル人が荒野をさまよっていた時代には、祭司たちが担いで移動していましたが、ヨシュアの時代以降はシロの幕屋の至聖所に安置されていました。サムエルの時代に、ペリシテ人によって奪われますが、契約の箱によってペリシテ人に災いがあったため、この箱をイスラエル人に送り返しました。また、ソロモン王の時代以降は、エルサレムの神殿の至聖所に安置されました。

エルサレムの神殿が完成したのはBC959年ですが、イスラエルの民の心が神から離れ、試練が与えられます。神殿は370年間存続していましたが、BC586年ごろ、バビロニアに破壊されます。

ある伝承によりますと、バビロン軍が侵入する前に、預言者エレミヤが幕屋と契約の箱と香檀を秘密の洞窟に運び込んだといわれます。その場所はエルサレムの住民にさえ分からなかったといわれます。

契約の箱が運び込まれたのは、キリストが十字架にかけられたゴルゴタ(英語:カルバリー)の地下にある洞窟だったといわれます。キリストが十字架にかけられ、息をひきとられるときに「地が揺れ動き、岩が裂けた」(マタイ27:51)とあります。また「兵士のうちのひとりがイエスのわき腹を槍で突き刺した。すると、ただちに血と水が出て来た」(ヨハネ19:34)とあります。

ロン・ワイヤットによると、地震の衝撃で、洞窟の中にあった契約の箱のふたが外れたというのです。そして、地震で生じた岩の裂け目を伝ってキリストの血が流れ、契約の石板にふりかかったのではないかというのです。岩の裂け目は瞬間的なもので、また元に戻ったのではないかといいます。

罪の贖(あがな)いのため、祭司は「(犠牲の)血を祭壇に振りかけた」(民数記18:17)とあります。また「モーセはその血を取って、民に注ぎかけた」(出エジプト24:8)とあります。

考古学的な実証がなくても、聖書の御言葉を信じるだけで救われることは信じています。しかし、歴史の流れ、実際に起こったであろうことを具体的にイメージしてみると心が熱くなります。

旧約聖書時代には、罪の悔い改めのために、犠牲の動物をささげ、その血を祭壇に振りかけ、祭壇の角に触れなければなりませんでした。そして、この犠牲の行為は何度も繰り返し行わなければなりませんでした。キリストは「ご自分の血によって民を聖なるものとするために、門の外で苦しみを受けられました」(ヘブル13:12)とあります。キリストが十字架で血を流してくださることよって律法が完成しました。

「わたしが来たのは律法や預言者を廃棄するためだと思ってはなりません。廃棄するためにではなく、成就するために来たのです」(マタイ5:17)

経営に行き詰まり、四方八方塞がれたような思いになることがあります。また、対人関係が思わしくなく、どうにもならないような状況に直面したときは、とても生きていけないと思い詰めてしまうことがあります。しかし、キリストの契約の血が流され、私たちに振りかけられているのです。キリストの十字架を見上げるなら、必ずや道が開かれます。

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穂森幸一

穂森幸一(ほもり・こういち)

1973年、大阪聖書学院卒業。75年から96年まで鹿児島キリストの教会牧師。88年から鹿児島県内のホテル、結婚式場でチャペル結婚式の司式に従事する。2007年、株式会社カナルファを設立。09年には鹿児島県知事より、「花と音楽に包まれて故人を送り出すキリスト教葬儀の企画、施工」というテーマにより経営革新計画の承認を受ける。著書に『備えてくださる神さま』(1975年、いのちのことば社)、『よりよい夫婦関係を築くために―聖書に学ぶ結婚カウンセリング』(2002年、イーグレープ)。

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