戦国に光を掲げて―フランシスコ・ザヴィエルの生涯(4)憎しみの始まり

2017年10月12日06時15分 コラムニスト : 栗栖ひろみ 印刷
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源信は翌日、少し離れた所にある南林寺に行き、住職の円海に面会を求めた。

「てまえは、福昌寺の者でございます。寺が土台から揺るがされるような一大事が起きました。何とぞ力をお貸しくだされ」。そして、源信は一部始終を話し、このままでは伝統ある寺が異教の僧侶に乗っ取られてしまうと訴えた。すると、円海は笑って言った。

「福昌寺は島津家の菩提寺ゆえ、島津候の力をもってやつらを追放すればよいでしょう。もうしばらくすれば、島津候はバテレン衆を相手にすることに飽きられる」。しばらく沈黙が流れた。「そいで、その教えに帰依する者はどのくらいおるのかな?」「今では百人以上おって、毎日バテレンから洗礼を受けております」。源信は息を弾ませて言った。

「その洗礼ちゅうのは、何ですか?」「額を水で浸し、それをもって罪が赦(ゆる)されたことを宣言するのでございます」。その時、何とも言えないほどの恐怖が円海という住職を襲った。彼はたとえ何百人もの仏僧がこの異国の宗教を信じたとしても気にかけなかった。彼らはもの珍しさに、また何かの利益のためにそうするのだろうと考えたからである。

しかし、罪の赦しとか魂の解放ということになると、まったく別の次元であった。そこまで異国の宗教が介入してきたとなると、自分たちが帰依してきた仏教そのものがないがしろにされ、邪教が力を得ることになるかもしれない。

「よろしい。何とか手を打ちましょうぞ」。円海は、そう言って源信をなだめ、帰らせた。その日のうちに近くの幾つかの寺に使いが出され、それぞれの寺の住職たちがこの南林寺に集まり、バテレン追放の策を講じ始めたのだった。

一方ザヴィエルは、集会に集まる人々の中に、3日ほど前から熱心に話を聞いている2人の男がいることに気付いていた。1人は体つきの頑丈な若者、後の1人は笠を深くかぶっており、決して顔を見せない男であった。

その日も、2人は最後まで残って話を聞いていたが、ふと若いほうの男が言った。「パードレ、いつぞや磔(はりつけ)になった強盗でございますが、パードレのおかげでパライソの希望が与えられたから、くれぐれもお礼を申し上げてほしいと言い残し、それはもう立派な最期を遂げました」

「私らは、その後も刑場を立ち去ることができず、残って話し合ったのでございます。こげな力を与えるキリスト教とはどんな教えなのだろうか――と」。こう言って、もう1人の男は初めて笠をぬいだ。頬から顎にかけて深い傷跡のあるのが目についた。そして、彼は初めて自分の身の上を明かした。

彼は身分の高い家に生まれたが、ある人に父を殺され、たった1人の姉を人買いに売られてしまった。それが原因で、母は気が狂って川に投身自殺を遂げた。彼はこの男を見つけて仇討ちするために全国を放浪して歩き、ようやくこの地で仇の住所を突き止めたこの日、福昌寺の前でザヴィエルの「敵を愛せよ」という話を聞いたのだった。「今まで美徳と思っていた仇討ちが、いかに愚かなことであるかを教えられ、私めも救われとうなったのでございます」

ザヴィエルは目もくらむような喜びに打たれ、2人にイエス・キリストの話をしてから洗礼を授けた。この笠をかぶった男はベルナルドという洗礼名をもらい、ザヴィエルの一行に加わった。そして、若い男はミゲルという名をもらい、市来(いちき)の町へ帰って行った。

その頃、南林寺の円海和尚を中心とした「ザヴィエル打倒」の運動も最高の盛り上がりを見せ、近くの寺や隣の町の寺を合わせて15が結集し、代表である15人の僧侶は「バテレン追放令」を出してもらうために島津候の所に直訴しに行くことになった。

彼らは忍室にも来てほしいと福昌寺になだれ込んできた。しかしこの時、健康を害して床に就いていた忍室は、黙って合掌したまま彼らを見送るのであった。

忍室の症状が思わしくないといううわさを聞くと、ザヴィエルは毎日のように彼を見舞い、慰めの言葉をかけた。「私の力不足で、パードレがたに大変なご迷惑をおかけしました」。忍室はこう言うと、自分の大切な小箱の中から見事な数珠を出してザヴィエルの手に握らせた。

「これは、死ぬときこの手に持たせてもらおうと思ったもので、大切にしている宝です」。その顔があまりに寂しくはかなげなので、相手の死期が近いことを感じさせられた。

<あとがき>

福昌寺の修業僧源信は、バテレン(キリスト教の宣教師)が日本にやって来たのは、今まで命懸けで守ってきた寺を乗っ取り、僧侶たちを惑わせて異教の教えに改宗させるためだろうと思い、恐怖を覚えました。そこで彼は、近くの寺南林寺を訪ね、そこの住職に助けを求めます。

この住職は最初、たいしたことはないと源信をなだめますが、ザヴィエルたちが「魂の解放」と「罪の赦し」という人間の心の奥底まで左右する問題にまで立ち入っていることを知るや、にわかに恐れを感じました。

そこで彼はすぐに近隣の寺に使いを出し、「バテレン排斥運動」に協力するよう求めたのです。こうして迫害が始まりました。私たちは、今までなじんできた生活や文化、そして信仰などが変えられると本能的に恐怖を覚えるものですが、これがやがては異質のものを排斥しようとする排他主義につながりかねないことを心に銘記すべきでしょう。

しかし、この迫害が後に実を結ぶのです。

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栗栖ひろみ(くりす・ひろみ)

1942年東京生まれ。早稲田大学夜間部卒業。派遣や請負で働きながら執筆活動を始める。1980〜82年『少年少女信仰偉人伝・全8巻』(日本教会新報社)、1982〜83年『信仰に生きた人たち・全8巻』(ニューライフ出版社)刊行。以後、伝記や評伝の執筆を続け、1990年『医者ルカの物語』(ロバ通信社)、2003年『愛の看護人―聖カミロの生涯』(サンパウロ)など刊行。動物愛護を主眼とする童話も手がけ、2012年『猫おばさんのコーヒーショップ』で、日本動物児童文学奨励賞を受賞する。2015年より、クリスチャントゥデイに中・高生向けの信仰偉人伝の連載を始める。編集協力として、荘明義著『わが人生と味の道』(2015年4月、イーグレープ)がある。

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