戦国に光を掲げて―フランシスコ・ザヴィエルの生涯(3)東と西の出会い

2017年10月3日06時29分 コラムニスト : 栗栖ひろみ 印刷
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遠国からバテレンの一行が来て毎日福昌寺で説法をしているというので、人々は引きも切らさずにやって来た。うわさは遠方まで流れ、隣の町や村からも人が集まるようになった。

そんなある日のこと。ザヴィエルは福昌寺の第15代座主、忍室文勝(にんしつもんしょう)から招きを受けた。これは記念すべきことであった。彼はパウロ(ヤジロウ)を通訳としてつれて、寺の母屋に行った。

「よう来てくださった。1度あんたと心ゆくまでお話がしたいと思うとりました」。忍室は2人を奥座敷に通し、心を込めてもてなした。

「この国は今乱れております。こんな血生臭い島国に、なぜいらしったのです? もっと平和で住み良い国があんたを待っておりましょうに」

「私は久しい以前からこの国が戦乱の中にあって、多くの人が苦しんでいることを知っていました。だからこそ、この国の人に喜びの訪れを伝えたいのです」

忍室はしみじみとザヴィエルを見つめた。ふっとその目が潤み、彼は合掌した。「尊いことじゃ。人間わざではない」。そして、彼は立って行き、5、6人の修業僧をつれて来た。

「パードレのありがたいお話を1人で聞くのはもったいないので、この人たちにも聞かせてやりたいと思いましてな」。彼らは合掌すると、その場に座った。

「あなたが布教していなさる神様の教えをひと言で言うと何でしょう?」

「愛です」

「はて。それはどのようなものでしょう?」

そこで、ザヴィエルは「善きサマリア人」の例えを話すことにした。

「あるユダヤ人が強盗に襲われ、険しい山道に倒れていました。すると、そこに何人かの旅人が通りかかりましたが、皆彼を助けようとせずに行ってしまいました。最後にやって来たのは、ユダヤ人がいつも軽蔑して口もきいてやらないサマリア人でした。このサマリア人はこの男を介抱し、自分のロバに乗せてやりました。そして宿屋に着くと、主人に金をやって彼を見てほしいと言いました。そして、こう言い添えたのです。『もっとお金がかかるようなら、帰りに寄ってお払いしますから』と。これが愛です。自分を愛すように隣人を愛し、それは自分の敵にも及ぶのです」

忍室はじっと考えていたが、その顔が輝き出した。「何だか分かるような気がします。自分を捨てて顧みず、ひたすら相手を憐(あわ)れんで助けようとするのは、仏教で言う慈悲と似ておりますな」

今度はザヴィエルが慈悲について尋ねた。

「わたしも例えでしか申し上げられませんが、昔、光明皇后という方がおられました。この方は身分の高い方であるのに、誰にも世話をしてもらえない病人を憐れんで自ら引き取り、世話なさいました。その中には、人が手を触れるのも嫌がるような病人がいたのですが、自分で世話して、そのうみを吸い取ってやりなさったという話が残っております。そうした自分を捨てて顧みず、気の毒な人を救いたいという思い――これが慈悲という言葉であると私どもは理解しております」

ザヴィエルは十字架を抱きしめ、天を仰いだ。「それこそ神の御心にかなった行いです」

「あんたの信奉されるキリスト教の教えに感服いたしました。もう1つ伺いたいのですが。人間には業(ごう)というものがあります。生まれつき持っている悪い性質でしてな。これから解脱するために仏教僧はいろいろと修業しております。パードレの教えでは愛が心に宿ればおのずと解脱できると言われますが、いかがすればその愛を心に宿すことができましょうか?」

ザヴィエルは忍室の手を取った。「母親が火に焼かれる子どもの上に身を伏せるように、イエス・キリストは私たちのために十字架で罪を贖(あがな)ってくださったのです。この愛をただ信じ、受け入れるだけで、私たちは一切の罪から解放されるのです」

「よく分かりました」。忍室は感じ入ったように言った。そして、震える手で数珠を取り、それをザヴィエルの手にかけた。2人の手はその下でしっかりと握り合わされた。東洋と西洋が出会った歴史的瞬間であった。

その翌日のこと。いつものようにザヴィエルが寺の前で説教をしていると、1人の男が物陰から憎々しげな目つきで彼をのぞいていた。それは、源信という修業僧であった。

「この人たちが説法しているのは秩序を乱すとんでもない教えじゃ。忍室和尚までが惑わされておる。何とかせねば」。彼はつぶやいた。

<あとがき>

日本を教化しようという志を持って渡来したザヴィエルにとって、福昌寺の座主忍室から招きを受けたときは多少の戸惑いがあったろうと推測されます。しかし、彼は相手が自分と異なる宗教、思想、生活習慣を持っていたとしても手を取り合い、語り合おうとする広く深いふところを持っていました。

忍室は、数々の危険を冒して日本に宣教のためにやって来たザヴィエルを心から尊敬していました。そして、両者は語り合ううちに、キリスト教と仏教をつなぐ1つのキーワードを見つけます。それは「愛」でした。

本質的に同じでなくても、それは仏教で説く「慈悲」と大変似たものであることから、忍室はキリスト教を理解できたのでした。宗教の違いはとかく排他主義や争いを生むものですが、西と東の代表者であるこの2人は互いに対話し合う中で、手を握り合いました。

「違いを超えて対話しようとする心」こそ、私たちに今求められているものです。

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栗栖ひろみ(くりす・ひろみ)

1942年東京生まれ。早稲田大学夜間部卒業。派遣や請負で働きながら執筆活動を始める。1980〜82年『少年少女信仰偉人伝・全8巻』(日本教会新報社)、1982〜83年『信仰に生きた人たち・全8巻』(ニューライフ出版社)刊行。以後、伝記や評伝の執筆を続け、1990年『医者ルカの物語』(ロバ通信社)、2003年『愛の看護人―聖カミロの生涯』(サンパウロ)など刊行。動物愛護を主眼とする童話も手がけ、2012年『猫おばさんのコーヒーショップ』で、日本動物児童文学奨励賞を受賞する。2015年より、クリスチャントゥデイに中・高生向けの信仰偉人伝の連載を始める。編集協力として、荘明義著『わが人生と味の道』(2015年4月、イーグレープ)がある。

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