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「主への献身」を目の当たりにしながら 西大寺キリスト教会が新会堂で創立記念礼拝

2017年7月8日06時49分 記者 : 雜賀信行 印刷
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5月に献堂式を行ったばかりの木造の新会堂「グローリア礼拝堂」の大礼拝堂。400人が共に礼拝にあずかれる広さで、講壇の後ろのカーテンが開かれると、ガラス越しに庭の十字架が現れる(2日、岡山市で)
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日本同盟基督教団西大寺キリスト教会(岡山市、赤江弘之主任牧師)は2日、創立87年を記念する礼拝を持った。午前11時からの第3礼拝には約150人が集い、5月に献堂式を行ったばかりの木造の新会堂「グローリア礼拝堂」の大礼拝堂において力いっぱいの賛美をささげ、赤江牧師(74)による説教に耳を傾け、皆で聖餐にあずかった。

岡山県には西から高梁川、旭川、吉井川という三大河川があり、岡山市は中心を流れる旭川沿いに開けた町だが、その東にある西大寺は吉井川沿いにできた町で、1969年に岡山市に編入合併されるまでは「西大寺市」だった。もともと、日本三大奇祭の1つ「裸祭り」が行われる観音院を中心にした門前町であり、瀬戸内海に注ぐ吉井川の河口に開けた港町としても栄えた。

さて、創立記念礼拝のつい5日前の6月27日、長年、教会の役員・長老を務めた島田玲子さん(88)が天に召され、この新会堂で最初の葬儀が行われたばかり。島田さんは戦後間もない48年に洗礼を受け、70年近く教会を支えてきた。島田さんがその成長を見守ってきた青年や子どもたちが今や長老や執事などになり、世代が途切れることなく、子どもたちからお年寄りまで、あらゆる世代の教会員が献身的に仕えているのがこの教会の特徴だ。

この日の礼拝説教の中で赤江牧師は、次のような話を紹介した。1972年に28歳で西大寺キリスト教会の牧師として就任した時の謝儀(給料)は、当時のサラリーマンの初任給の半分以下。家族も増え、どうやって生活できるのかと問われる中で、役員だった島田さんは少しでも謝儀を上乗せして牧師を支えようとしてくれたという。また赤江牧師も、献身者として条件を一切付けず、神が養ってくださることを信じ、「この町には、わたしの民がたくさんいる」(使徒18:10)という神からの励ましを胸に刻みながら精一杯伝道に励んだ。

「主への献身」を目の当たりにしながら 西大寺キリスト教会が新会堂で創立記念礼拝
最初の教会は、西大寺渡場(わたしば)町(現在の金岡東町1丁目)の3軒長屋の借家。現在の場所から700メートルほど吉井川沿いにあった(写真:西大寺キリスト教会提供)

その頃の礼拝出席は平均22人ほど。西大寺渡場(わたしば)町にあった3軒長屋の1軒の借家が教会だった。しかも、その2年前、教会学校の夏期学校で参加生徒の水死事故があり、こつこつ積み立てていた会堂資金はすべて慰謝料にあて、残りの半分を3年間にわたって返済するという状況で、教会は危急存亡の瀬戸際に立たされていた。

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1972年、赤江弘之牧師が西大寺キリスト教会の牧師として赴任した。前列左から4人目が赤江牧師。右端に島田さん。後列には教会を支え続けた青年たちがいる(写真:西大寺キリスト教会提供)

しかし、そんな小さな群れにも、後に役員・長老となる若いメンバーが加えられていた。礼拝出席がまだ20人前後の頃、試練の中で彼らは「千人教会」のビジョンを与えられ、年輩の信徒たちも心を1つにしてそのビジョンのために祈り、皆が献身する教会へと徐々に変えられていく中、赤江牧師がやって来たのだ。

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赤江弘之主任牧師(2日、岡山市で)

西大寺のキリスト教の歴史は古い。「熊本バンド」の1人として同志社を卒業した新島襄の愛弟子、金森通倫(かなもり・みちとも)は、自民党の石破茂氏の曾祖父としても有名だが、金森は日本組合岡山基督教会(1880年設立。現在の日本基督教団岡山教会)の初代牧師となり、十数キロメートル離れた西大寺の町にも伝道に訪れた。

やがて1903年、「旭」川の東にあるということで、香登(かがと)会堂と西大寺会堂を持つ「日本組合基督教会」(現在の日本基督教団旭東教会)ができるが、その2年後、自由主義神学ではなく、「松江バンド」のB・F・バックストン宣教師らの影響を受けた香登教会はきよめ派(現在の日本イエス・キリスト教団)の道を選んで独立する。その教会の佐藤邦之助牧師による天幕伝道が30年に西大寺で行われて始まったのが西大寺キリスト教会だ。

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1979年、初めて自分たちの教会堂を建てた時は、基礎工事などの下働きはすべて教会員が率先して行った。右端が赤江牧師(写真:西大寺キリスト教会提供)

赤江牧師が来て7年後の79年、現在の場所に830坪の土地を得て、初めて教会堂を持つことができた。しかも、設計と監督は教会員の建築技師がやり、資材購入や基礎工事などの下働きはすべて建設委員長の西村与三郎さんと赤江牧師をはじめ教会員が率先して行うといった教会直営の建設方式で、できるだけお金をかけずに教会を建て上げたのだった。建設当時の礼拝出席人数は約70人。

一方、このような大きな喜びの時に、教会は当時所属していた教団を教理上の理由で離脱することを余儀なくされるという大きな痛みを経験していた。まさに禍福(かふく)はあざなえる縄(なわ)のごとし。こうして11年間、単立教会としての道を歩んだ後に、90年、現在の日本同盟基督教団に加盟することとなった。93年にはサムエル幼児園の園舎である教育館が建てられ、今年、400人規模の「グローリア礼拝堂」が完成したのである。ただ、その道のりも決して平坦ではなかった。

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サムエル幼児園のある教育館(写真:西大寺キリスト教会提供)

西大寺キリスト教会では、伝道と教会形成のためには幼児期からの信仰教育が不可欠であるとの思いから、90年から教会員の子弟を中心にサムエル幼児園が始められ、少子化の現在でも、地元の子どもたちも含め70人ほどの園児が集まっている。日曜日の9時からの教会学校の時間には、グローリア礼拝堂2階の50席ある小礼拝堂で第2礼拝が行われ、クリスチャンでない保護者も定期的に神の御言葉を聞きに来ている。

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40年近く礼拝をささげてきた会堂は「第2教育館」としてリフォームされた(2日、岡山市で)

2003年からは小中高生のためのフリースクール、サムエル国際キリスト教学園が開始され、その学び舎として、前の手作りの礼拝堂が「第2教育館」としてリフォームされた。さらに「ゆりかごから天国まで」をモットーに、敷地内には住宅型有料老人ホーム「あい愛の郷(さと)」も2011年に建てられた。

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2011年に建てられた住宅型有料老人ホーム「あい愛の郷」(写真:西大寺キリスト教会提供)

創立記念礼拝の説教で、赤江牧師は自らの冠動脈疾患のため、血管を拡張するステントの11本目を挿入する手術を今月も行うかもしれないと語りながら、ヤコブの手紙を説き明かした。

よく聞きなさい。「今日か明日、これこれの町へ行って一年間滞在し、商売をして金もうけをしよう」と言う人たち、あなたがたには自分の命がどうなるか、明日のことは分からないのです。あなたがたは、わずかの間現れて、やがて消えて行く霧にすぎません。むしろ、あなたがたは、「主の御心であれば、生き永らえて、あのことやこのことをしよう」と言うべきです。ところが、実際は、誇り高ぶっています。そのような誇りはすべて、悪いことです。人がなすべき善を知りながら、それを行わないのは、その人にとって罪です。(4:13~17)

西大寺キリスト教会は、60年代に青年たちに与えられたビジョン「千人教会」を目標に、ビジネスマンが目標設定をして仕事に邁進するように、教会員が一丸となってさまざまな教会の働きに献身し続けてきた。

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創立記念礼拝でヤコブの手紙から礼拝説教を語る赤江牧師(2日、岡山市で)

薄給にも条件付けず、育てられた教団から分離しなければならない痛みの中で、自ら陣頭指揮をとりながら教会を建て上げ、伝道に心血注ぎ、病身に鞭打って「主任牧師」の重責を担い続ける赤江牧師と、心を1つにして共同牧会に携わる2人の牧師と伝道師たち。

そして、自らの弱さのうちに高ぶりを打ち砕かれながら、それを全力でサポートし、持てるたまものと時間のすべてを主の教会のために献げて、前線に立つ牧師たちを支える島田さんをはじめとする長老・執事・教会員たち。

子どもや受洗者も、そうした姿を目の当たりにして「主への献身」とは何かを実際に学びながら後に続いていくその幸いがあるのではないだろうか。教会とは、実は見映えのいい美しい建造物なのではなく、自分を愛して十字架に付いてくださったイエス様、神様への献身が結晶された「人がなすべき善」の現場(エクレシア)なのだ。

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新会堂「グローリア礼拝堂」の外観。郊外の田畑を埋め立てた土地に建てられ、同じ敷地内に旧会堂(第2教育館)、教育館、あい愛の郷(老人ホーム)、納骨堂、広い駐車場がある(2日、岡山市で)

日本全国でこのような「献身」が地域に証しされることが、本当の「伝道」といえるのではないだろうか。

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