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マザー・テレサ列聖式に参列 片柳弘史神父が報告会

2016年11月8日18時10分 記者 : 守田早生里 印刷
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マザー・テレサ直筆のメッセージも公開された。神父の道に進むべきか迷っていた片柳弘史神父に贈られたもの。「Dear Paul Jesus loves you. Let us pray. God bless you.」とある=5日、東京都千代田区の聖イグナチオ教会で
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今年9月4日、バチカンのサンピエトロ広場で行われたマザー・テレサ列聖式に参列した片柳弘史神父が5日、東京都千代田区の聖イグナチオ教会での感謝ミサに引き続き、報告会を行った。

マザー・テレサは聖人として列されることになり、正式には今後「コルコタの聖テレサ」と呼ばれることになる。しかし、教皇フランシスコは、列聖式の説教の中で「親しみのある、優しい、豊かなその霊性ゆえに、私たちは自然な形でマザー・テレサと呼び続けることでしょう」と語っている。

マザーは、生涯をかけて神の御旨を生きた人、「まさに聖人であった」と片柳神父は言う。地上において、マザーがスラム街で奉仕をしていたときからすでに聖人であり、天に帰った後も聖人であるというのだ。では、なぜあらためて「列聖」されたのだろうか。

片柳神父は、「『列聖』をすることによって、マザー・テレサの生涯を思い起こしましょうということなのです。思い出して、マザーのように愛に生きること、愛を実践して、いつの日かマザーがいる天国に行きましょうということなのです。ですから、列聖されるというのは、マザーのためではなく、残された私たちのためなのです。マザーの生涯が私たちの道しるべとなるように、この『列聖』が行われたのです」と話した。

マザー・テレサ列聖式に参列 片柳弘史神父が報告会
マザー・テレサに初めて出会ったときの片柳弘史神父。コルコタの「死を待つ家」でボランティアをしていた。

マザーは、生前「もし私が聖人になるなら、それは『暗闇の聖人』でしょう。天国を留守にして、地上の暗闇に灯りをつけてまわるに違いありません」と語っている。絶望の闇の中で、もがき苦しむ人のそばにいて、「神様はいつもあなたのそばにいる」と語り掛ける聖人になったのではないかと片柳神父は言う。

9月4日の列聖式は午前10時半から始まったが、開場した7時にはすでに、サンピエトロ広場に多くの人が詰め掛け、大混雑だったという。この日、列聖式に集まったのはおよそ12万人。残暑の厳しい日差しが照り付ける暑い日だったという。この日のローマの最高気温は33度。日陰のない司祭席で、ミサが始まるまでの3時間半は、厳しい暑さに耐えるのに必死だったというが、ミサ開始が近づくにつれて、次第に会場の興奮が伝わり、喜びを感じたという。

マザー・テレサ列聖式に参列 片柳弘史神父が報告会
サンピエトロ広場で行われた列聖式の様子を、映像を交えて紹介する片柳弘史神父

集まった会衆はおのおのの国の国旗を掲げていたが、インド、マケドニアなどマザーゆかりの国々の旗が目立った。教皇フランシスコが「コルコタのテレサを聖人として宣言します」と話すと、12万人の会衆からは割れんばかりの拍手が起こった。この瞬間、暑くて暑くてたまらなかった会場に一瞬、爽やかな風が吹き抜けたような気がしたと片柳神父は話した。

ミサが終わった後、神父が一番感動したとする場面に出会った。それは、マザーが設立した「神の愛の宣教者会」のシスターたち約300人が聖ピエトロ大聖堂の前の階段に並び、記念写真を撮っていた場面だった。

「彼女たちにとって、人生の中で一番晴れがましい瞬間だったのではないでしょうか。普段は、全く日の当たらない社会の片隅に追いやられた方々の中に入って働くシスターたちが、世界の中心の聖ピエトロ聖堂の前で記念写真を撮るなんて、おそらく一生のうちに1度でしょう。この日、太陽の日差しをたくさん浴びて、神様の愛を感じ、本当にうれしそうな顔で記念写真を撮られていたのは、非常に感動的でした」と話した。

ミサの後、午後からはローマ郊外の修道院に出掛けた。ここは、片柳神父が最後にマザーと会った思い出深い場所なのだという。まだ神父になるか迷っていた片柳神父にマザーは、「神様の声にしっかりと耳を傾けなさい」とアドバイスしたという。この意味をよく理解できなかったという神父は、マザーの側近であったシスターに相談した。すると、「あなたの存在の深みで出会うものが、神様の言葉だ」とマザーの言葉を教えてくれた。

今まで、神父になるのが得なのか損なのかということを表面的な浅い部分で考えていたが、もっと心の奥深いところからイエス様が呼んでいる声に耳を傾けることで、イエス様と出会い、声を聞くことができるというのだ。片柳神父は、その言葉をきっかけに神父の道を志すことになった。

マザー・テレサ列聖式に参列 片柳弘史神父が報告会
別室で行われた写真展。生前のマザーを多くの人が偲んだ。

教皇フランシスコは、マザー・テレサをさまざまな言葉で表現している。

「この疲れを知らない慈しみの働き手が、私たちにとって唯一の行動規範は無償の愛だということを、ますます理解させてくれますように」

「マザー・テレサは、苦しんでいる人がいたら放っておくことができない。まさに無償の愛を注ぐ人だった。マザーは18歳でヨーロッパからインドに渡った。なぜインドだったかといえば、当時、インドでは道端で人々が餓死していたのを知ったからでした。当初、マザーは貧しい人々を集めて、学校の教員として働いていました。しかし、ある日、列車の中で、イエス様と出会う体験をしました。この出会いの経験の中で、インドのスラム街で死にかけている多くの人々が助けを求めている声こそ、イエス様の声だと深く実感し、彼らのことを『放っておけない』と行動を起こしたのです。マザーの生涯の唯一の行動規範は、『無償の愛』だったのです」と説明した。

最後に片柳神父は、「私たちは、神の慈しみを生きる証人としての使命を与えられています。その出発点になるのは、私たちは神様に愛されているということを日々噛みしめ、感謝することではないでしょうか。そして、マザーのように苦しんでいる人がいたら『放っておけない』という気持ちを持つこと。そうすることによって、神様の慈しみをこの世の中に証しすることができるのです。神の愛の存在証明は、私たちの生き方以外ないのです」と報告会を締めくくった。

この日、別室では、マザー・テレサの写真展も開かれ、多くの人々がマザーの姿を偲んだ。また、片柳神父がマザーから受け取ったという直筆のメッセージも公開された。

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