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「最も小さき者のために」 マザー・テレサのインタビュー全文

2016年9月7日23時36分 記者 : 行本尚史 印刷
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+「最も小さき者のために」 マザー・テレサのインタビュー全文
マザー・テレサ(写真:Túrelio、1986年に当時の西ドイツで撮影されたもの)
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バチカン放送局英語版は2日、インドのカトリック・ジャーナリスト、アント・アッカラ氏が1995年11月17日、ニューデリーでマザー・テレサに行ったインタビューの全文を掲載した。

本紙による日本語訳は次の通り。

アント・アッカラ氏:マザー、あなたの母語は何ですか?

マザー・テレサ:アルバニア語です。でも、私はベンガル語(カルカッタ[現コルカタ]の言語)や英語も同じように流暢(りゅうちょう)ですよ。

アッカラ氏:たった今はどのようにお感じですか? あなたはインド人ですか、それともアルバニア人ですか?

マザー・テレサ:私はあらゆる全てのものです。どの国も私は愛していますし、そして私は人を愛する神の子です。

アッカラ氏:では、あなたには国籍がないのですか?

マザー・テレサ:私は外交上のインドのパスポートと、外交上のアルバニアのパスポートを持っています。私はバチカンのパスポートやアメリカ行きのものを持っていて、いつでも行けるんですよ。ビザを請求するたびに、彼ら(米国)は5年分のビザをくれるんです。私はどの国のビザを取得するにしても何の問題も起きたことがありません。

アッカラ氏:あなたがご自身の宣教者会を始めたとき、それが今日のように大きくなると思っていましたか?

マザー・テレサ:ああ、それならみんな知っていますよ。私たちは今や126カ国にあります。私たちには561の家があって、―私たちはそれらを幕屋と呼ぶのですが―そして4600人を超える修道女たちがいます。端的に最も貧しい人たちに仕えるということなんです。私たちは求められていますし、それに私たちは何も持っていない人たち、剥奪された神の子たちを擁護してきたのです。(今日では、神の愛の宣教者会は139カ国にあり、758の「幕屋」があって、5160人の修道女たちがいる)

アッカラ氏:あなたの全ての活動の動機は何ですか? それは批評家たちが言うように原理主義的な宗教的動機ですか?

マザー・テレサ:イエスは福音書の中でとてもはっきりと言われました。「何をするにせよ、私の仲間の中で最も小さき者たちにしなさい」と。はっきりしていますか? それがイエスの働きだったのです。もう1つ、イエスは言われました。「来なさい、わたしの父に祝福された人たち、お前たちのために用意されている国のイスに座りなさい。お前たちは、わたしが飢えていたから食べさせ、のどが乾いていたから飲ませ、裸のときに着せ、家がないときに家に連れて行き、病気のときに見舞ったからだ」。そして私たちはただそれをやっているだけです。修道士たちも、神父たちも、修道女たちも、私たち神の愛の宣教者会のみんなが、同じことをしているのです。私たちはみな愛し愛されるために、神によって創られたのです。私たちはこの働きに関わっています。それをするとき、そこには喜びがあり、一致があり、そして愛があるのです。

アッカラ氏:あなたが怪しい人格の持ち主から資金や賞を受け取っているという主張があります。あなたは何かを受け取るときに寄付者たちの信用証明書を確かめるのでしょうか?

マザー・テレサ:それは問題ではありません。私たちは心から全てを貧しい人たちにささげるという誓いを立てるのです。政府からであれ、他の人たちからであれ、私たちが得るものは何でも、私たちが得るのが例え1ルピーでさえあっても、私たちはそれを貧しい人たちにささげるのです。全く無償の奉仕なのです。私たちに給料はありません。ある人が自分は良いカトリックの家族の出身で、私たちを助けたいというとき、私たちはどうして彼の申し出を断るべきでしょうか?

アッカラ氏:最近、シャンカラ・アーチャリヤ(訳者注:ヒンズー教の最高指導者であるシャンカラ派の寺院の法主の尊称)は、あなたの「マナヴ・セヴァ」(人類への奉仕)の究極的な目的は改宗だと非難しました。あなたはそれにどう答えますか?

マザー・テレサ:私の答えは、神は彼らを皆お赦(ゆる)しになるということです。彼らは自分が何を言っているのか分からないからです。私たちがしていることは神の愛のためであり、愛の業(わざ)とは常に他者を受け入れ尊敬することなのだと、私はみんなに言ってきました。カルカッタ(コルカタ)にある私たちの施設(「死を待つ人々の家」)には、大きな平和と一致、そして愛があります。たくさんのヒンズー教徒の家族たちが、死を待つ人々のために、食べ物や着るものを、私たちの施設に直行で持って来てくれます。これは愛の行為です。私が彼らにお願いしたわけではありません。彼らはただ私がしていることについて聞いて、そして彼らはみな来てくれるのです。彼ら(非難する人たち)は行われている美しい働きを見なければなりません。(ボランティアとして行く)とても多くの人たちが、貧しい人たちを助けることによって、平和や喜び、そして一致を自分の家族の中に見いだすのです。貧しい人たちを助ける人は誰でも喜びを得るのです。ですから、彼ら(批判をする人たち)が私たちのことをあまり良く思っていないというのは、自然なことです。

アッカラ氏:改宗だという非難についてはどうですか?

マザー・テレサ:人を改宗させることは神様以外には誰にもできません。たとえもし私が望んだとしても、私は人に「神様ごめんなさい」と言わせることはできません。言うまでもなく、私は誰かをカトリックやプロテスタントにすることはできません。人は自分で自らの宗教を変えたいと思い、そして神様がその恵みをお与えになるのでなければ、人の宗教を変えることなど誰にもできないのです。それはその人と神様の間だけの問題です。人に強制することなど誰にもできないのです。私たちは虫がいっぱい付いて死につつある人たちを街路で救い出します。私たちは4万人を超えるその人たちを救い出しました。もし私がそのような人を起こして、彼をきれいにし、彼を愛し、そして彼に奉仕をしたら、それは改宗でしょうか?彼は獣のようにずっと街路にいたのですが、でも私は彼に愛を与え、そして彼は平安のうちに死んでいくのです。その平安は彼の心から来るのです。それは彼と神様の間だけのことです。それに干渉することは誰にもできません。たとえもし私がそうしたいと思ったとしても、私には何もできません。彼らが死ぬとき、私たちはいつも彼らの同宗信者を迎えに行きます。イスラム教徒たちはイスラム教徒の遺体を受け取って埋葬しますし、ヒンズー教徒たちはやって来て死んだ人を連れて行っては火葬しますし、キリスト教徒たちはやって来て死んだ人を埋葬します。もし改宗が、きよい心をもって神を愛するために、本当に人々を神へと立ち返らせる転換を意味するのであれば、私は改宗をしていますよ。それが本当の改宗ですから・・・。

アッカラ氏:批判者たちはあなたの施設で秘密の洗礼が行われているのではないかと主張しています。それは本当ですか?

マザー・テレサ:いえ、ありません。真実ではない、そのような作り話をする人たちには皆、私は神がこれら全ての人たちをお赦しくださいますようにと言うだけです。彼らは自分たち自身にとても多くの害を及ぼしているので、私は彼らを気の毒に思います。もしヒンズー教徒が神様への道を見いだしたいのであれば、彼にはどの神父や修道女、あるいは他のどの人の所にも行く権利があります。もしあなたがカトリックで、そしてある他の人があなたの所に来て導きを求めるのであれば、おのずとあなたは神の愛を彼に示すことができる人の所へ彼を真っ直ぐに連れて行くでしょう。改宗というのは単に宗教を変えるだけではありません。改宗は心を変え、神の恵みのある所で働くことなのです。信仰を変えるという問題が出てくるのは、それからのみなのです。人に強制することは誰にもできませんし、聖なる預言者たちにさえもできないのです。

アッカラ氏:あなたの宣教者会が始める新しい分野は何かありますか?

マザー・テレサ:今は私たちがやっていること以上に何かできるとは思いません。私たちは街路から虫がいっぱい付いた人々を救い出し、彼らの世話をして、彼らが平安と愛のうちに死ぬことができるようにするのです。彼らが私たちの施設に連れて来られるとき、彼らは自分たちが自分たち自身の家に、自分たちの家族と一緒にいるような気分になります。今、私はここ(デリー)にエイズの被害者たちのための家を開設しようとしています。その人たちはそのために死につつあるのです。

アッカラ氏:私はあなたが9月に、刑務所司牧をしているカトリックの聖職者に、「牢屋にいる人たちの世話をすることは、神様のために素晴らしいことをすることです」と語ったとお聞きしました。あなたは刑務所司牧を始めるおつもりなのでしょうか?

マザー・テレサ:私たちはすでに、牢屋から出てきた人たちの世話をしています。犯罪歴のない110人の女性たちがシャンティダン(「平和の贈り物」を意味する住まい)で私たちと共にいます。そしてすぐに、22人の男の子たちが牢屋から私たちの所にやって来ます。私たちの修道士たちが彼らの世話をします。(西ベンガル州)政府は、犯罪歴のない人たちをこのような場所に留めるべきではないとして、彼らの世話をするよう私たちに頼んできました。彼らは愛のある雰囲気の中で生活するべきなのです。彼らは愛される必要があるのです。

アッカラ氏:あなたは、ほぼ20年間マルクス主義者の支配下にあるカルカッタに基盤を置いています。ジョティ・バス州首相が率いる西ベンガル州のマルクス主義政府から何かトラブルを受けたことはありますか?

マザー・テレサ:彼らから問題を受けたことなど一度もありません。ジョティ・バスさんは私たちにとても親切にしてくださっています。「マザー、これらの(牢屋の)少女たちのために何かしてあげてください」と、私に言ったのは彼でした。彼は私たちを助けてくれるので、電話でいつでも近づきやすいのです。私たちが彼に会いたいというときに、問題が起きたことは一度もありません。

アッカラ氏:あなたが北京に家を開設したいというのは本当ですか?

マザー・テレサ:はい、私は北京へ行ったのですが、私たちはイースターまでにそこに家を開設するつもりです。(マザーのこの夢はまだ実現していないままである)

アッカラ氏:中絶についてのあなたの立場は何ですか?

マザー・テレサ:私はいつも、「もしあなたが彼ら(生まれてこない子たち)のことを恐れているのなら、彼らを私にください。どうか、彼らを殺さないでください」と言います。私たちは養子縁組を通じて中絶と闘っています。カルカッタだけでも、千人を超える子どもたちを私たちは養子縁組にもらいました。私たちが1年に何人の赤ちゃんをもらっているか、私には計算できません。でも、私たちは決して誰も拒んだりはしません。誰でも大歓迎ですよ。

アッカラ氏:教会の中の運動家たちは、あなたは自分の慈善活動によって貧困を終わらそうとする代わりに、それを侵していると言っています。搾取のシステムを改善するために、人々を搾取から解放する手法を試みるというのはいかがですか?

マザー・テレサ:非人間的なやり方で、私はどうやって行動できるというのでしょうか? 食べ物がなくて街路で人が死ぬとき、私はどうやって彼を無視することができるというのでしょうか? 私が街路で飢えている人や裸の人を見つけるとき、私は彼を通り過ぎて歩いて行くことができません。それができる人間なんていないと思います。その(解放をする)役割を担う人たちが他にいます。私にはそのために費やす時間がありません。私は自分の仕事で忙しいのです。私の道ははっきりしています。私は死に行く人を見つけ、彼を救い出します。私は飢えている人を見つけ、彼に食べ物を与えます。彼は愛することもできれば、愛されることもできるのです。私は彼の肌の色を見たりはしませんし、彼の宗教を見たりはしません。私は何も見たりしません。彼がヒンズー教徒であれ、イスラム教徒であれ、仏教徒であれ、どの人も私の兄弟であり、私の姉妹なのです。私たちは皆そんなふうにしていると思いますよ。

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