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NHK2015年度後期朝ドラ「あさが来た」、主人公は広岡浅子 クリスチャンの女実業家

2015年1月19日14時27分 記者 : 新庄れい麻 印刷
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+NHK2015年度後期朝ドラ、主人公は広岡浅子 クリスチャンの女実業家
(写真:日本女子大学成瀬記念館提供)
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NHKは14日、93作目となる2015年度後期の朝の連続テレビ小説が「あさが来た」に決まったと発表した。舞台は大阪で、"朝ドラ"初となる江戸時代、幕末からスタートする。主人公のモデルは、明治の女傑と呼ばれる「広岡浅子」。原作は、古川智映子の『小説 土佐堀川―女性実業家・広岡浅子の生涯』だ。

「八重の桜」の新島八重、「花子とアン」の村岡花子、「軍師官兵衛」の黒田官兵衛、「マッサン」のエリー(竹鶴リタ)と、ここ数年のNHK大河ドラマ、朝の連続テレビ小説の主人公がクリスチャンであることは、さまざまな場面で話題になっているが、広岡浅子もクリスチャンだ。

広岡浅子は、明治・大正を代表する女性実業家で、1849年、京都に生まれる。富豪・三井高益の四女として、女性らしく、和歌や書道、茶華道などを学ばせられた。だが、生まれつき勝気だった浅子は、「女子も人間です。人間は学問をしなければなりません。女子にも学ぶ機会さえ与えられれば、必ず修得する頭脳はあります」と、事あるごとに両親に反抗して育ったという。

当時は上流階級の子女でも、女性の学問は軽んじられ、学校教育を受けられなかった。この幼少期の経験が、浅子の人生に大きな影響を与えたようだ。

17歳で、大阪の富豪・加島屋の当主、広岡信五郎に嫁ぐ。夫は花柳界に入り浸りだったが、浅子は泣き寝入りなどせず、「もしあなたが世間並みの道楽をしたら、広岡家を出て行ってもらいます」と言い渡し、坊ちゃん育ちの夫に代わって実業界に身を投じていくことになる。

幸い夫は非常に優しく、温厚な人格者で包容力があり、浅子の好きなようにさせてくれた。むしろ夫の支えがあったからこそ、浅子の才能が存分に発揮されたとも言われており、今回のドラマ化にあたっても、「激動の時代を生きた夫婦の愛の物語」として大胆に再構成されているところが見どころだ。

浅子は、簿記、算術、法律、経済など実業に必要な幅広い知識を独学で修得し、鉱山と銀行の経営にあたった。数字に強く、先を読む力のあった浅子は、大同生命の創業にも携わっている。

学識だけでなく、教養も身に付け、男に負けない度胸を持っていた浅子には、数多くのカリスマ的伝説が残されている。明治維新により、幕藩体制が崩壊し、大阪の富豪たちが資金問題で次々と没落していく中、若干20歳の浅子は、夫を奮い立たせ、諸藩の屋敷を訪ね回って直接貸金を回収。担当していた鉱山にも現場監督のため実際に足を運び、護身用の2丁のピストルを携えて、暗い坑道に入って行ったという。

40代後半に、大阪で最初に女子教育に乗り出した、成瀬仁蔵という人物と出会う。米国の教育事情に影響を受けた成瀬は、梅花女学校を運営しつつ、理想の女子大学設立を目指していた。女子高等教育の必要を主張する成瀬に共鳴した浅子は、資金援助を含めた最高の後援者となる。そして、1901年、東京の文京区に誕生したのが、日本女子大学校、現在の日本女子大学である。

夫の死後、娘婿に事業を譲り、浅子は女性の人権・地位向上に尽力する。特に、売春問題に苦しむ女性の救出に力を注ぎ、大阪愛国婦人会の指導者として国策にも協力した。

また、成瀬の影響もあって、1911年、大阪YMCAの先駆者である宮川経輝牧師から洗礼を受けて、熱心なクリスチャンとなった。日本キリスト教女子青年会(YWCA)中央委員や、大阪YWCA創立準備委員長を務め、『婦人新報』などに評論を掲載するなどして、1919年の晩年まで宗教活動に従事した。

連続テレビ小説「あさが来た」は、2015年9月28日(月)~2016年4月2日(土)まで、全156回で放送予定。

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