神声人語―御言葉は異文化を超えて―(32)ジョン・ウィクリフと「貧しき司祭」たち 浜島敏

2017年10月30日07時16分 コラムニスト : 浜島敏 印刷
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「邪説信奉博士」「大山師」「ほらふき」「悪魔の手先」は、間もなく死滅すると考えられていました。英国の教会首脳部は喜んでいました。教会に巣喰うこの病菌をついに取り除くのも間近い、と考えたからです。

ところが、ジョン・ウィクリフは6年後の1384年まで死んではおりません。その間、彼は教会の堕落を攻撃し続け、かつ、すべてのイングランド(※1)人が、母国語によって聖書の知識を得られるように熱心に準備を進めました。

※(1)「イングランド」:当時は、スコットランドとイングランドは別々の王国であったので、英国としないで、ここではイングランドとした。

位階制聖職者は、ウィクリフが死んだあとまで彼を激しく憎み続けていました。24年もたってから彼らは、聖書の翻訳を含むウィクリフの全著述を葬り去ろうと企てました。ところが、このウィクリフの伝道は、その後も相変わらず彼らに付きまとって悩まし続けました。

ウィクリフの死後44年もたってから、彼らはウィクリフの遺骨をあばいて焼き、灰を彼の生地ラタワース近くのスウィフト川に投げ込んでいます。こんな男の遺物が、イングランドの神聖な国土を汚したりしては困る、と考えたからです。

ウィクリフの信念は、彼の生存した絶望的な時代の中から生まれ出たもので、また彼が神学を講じた結果として得られたものです。イングランドの教会は大衆を奴隷にするため、一部の貴族と盟約を結んでいました。説教といえば、聖人の生涯についての逸話だけです。それでも聖職者は、自分たちだけが、人々の思想を支配するお偉方だと主張していました。

ウィクリフは、オックスフォード大学で神学講義の回を重ねるごとに改革の必要を痛感しました。彼はまた、イングランドがひどく必要としているこの改革は、一般人が英語で書かれた聖書を持った上でなければ実現不可能だ、と信じていました。というのは、その時代までに、聖書といえばラテン語のものだけで、それも聖職者の中で比較的限られた者が1冊持っているというにすぎなかったからです。

同大学でウィクリフの名声は、彼の翻訳を手伝ったジョン・パーヴェイや、ニコラス・ド・ヘリフォードや、その刊行をまかなったコバム卿といった忠実な信奉者を獲得しました。といっても、出版だけで万事が終わったわけではありません。というのは、当時の人は大部分が文盲であったし、それに活版印刷術以前の時代に、広く頒布(はんぷ)するだけ十分な、安い手写本を作ることは不可能であったからです。

そこでウィクリフは、「貧しき司祭」たちと称するあるグループを編成しました。この人たちは、家々を回り英国中を巡り、聖書を読み、暗記した長い章句を朗誦しつつ、人々を悔い改めと、新しい命に導こうと熱心に説き勧めたのです。

このつつましい神の僕(しもべ)らは、手織りの上衣をまとい、サンダルを履いて歩き、常時厳重な監視を続けている当局の目をかすめるため、聖書は大抵荒布の衣の袖にひそませているありさまで、地所持ちの聖職者たちの優雅なきらびやかさと、著しい対照をなしていました。

まことの聖書翻訳がどうあるべきかを述べたくだりで、ジョン・パーヴェイは、この聖書に生きる献身的な一団の精神を捉えています。

「翻訳者は清廉(せいれん)な生活を送ることが必要であり、その祈りは真に敬虔(けいけん)でなければなりません。また心を世俗の思いで満たしてはなりません。そうすれば知恵と分別と真実の造り主なる聖霊が、仕事の上のよき道しるべとなり、誤りを避けさせてくださるのです。この方法により、さらにまた善き生活とつらい苦しみとにより、真実で明快な翻訳が可能になり、かつまた聖書の正しい理解さえ初めからさほど難事とは感じなくなるのです。神よ、私どもすべてが、聖書をよく理解し、守ることができますように。またこの仕事のために最後まで力を与え給え」

またの名を Lollards(ロラード)(※2)と呼ばれたこれら「貧しき司祭」たちは、非常な名声を博したので、王と教会は、これをいつまでも野放しにしておくわけにはいかなくなりました。そこで、これら敬虔な信徒に対して恐怖政策がとられ、彼らは投獄されたり、火刑に処せられたり、国外へ追放されたりしました。

※(2)「ロラード」:語源は、「ぶつぶつ言うもの」「毒麦」などとされるが、はっきりしない。いずれにせよ、軽蔑的なあだ名であったことは事実であろう。

コバム卿は、ロラード運動に加担した報いとして火あぶりにされてしまいました。それでも少数は逃れてボヘミア(現チェコ)の地に身をひそめました。それまでにボヘミアでは1人の男がウィクリフの書物を読んで、宗教改革ののろし火をともしていました。

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【書籍紹介】
ユージン・ナイダ著『神声人語―御言葉は異文化を超えて
訳者:繁尾久・郡司利男 改訂増補者:浜島敏

ユージン・ナイダ著『神声人語―御言葉は異文化を超えて』

世界の人里離れた地域で聖書翻訳を行っている宣教師たちと一緒に仕事をすることになって、何百という言語に聖書を翻訳するという素晴らしい側面を学ぶまたとない機会に恵まれました。世界の70カ国を越える国々を訪れ、150語以上の言語についてのさまざまな問題点を教えられました。その間、私たち夫婦はこれらの感動的な仕事の技術的な面や、人の興味をそそるような事柄について、詳細なメモを取りました。

宣教師たちは、未知の言語の文字を作り、文法書や辞書を書き、それらの言語という道具を使って神の言葉のメッセージを伝えるのです。私たちは、この本を準備するに当たって、これらの宣教師の戦略の扉を開くことで、私たちが受けたわくわくするような霊的な恵みを他の人たちにもお分かちしたいという願いを持ちました。本書に上げられているたくさんの資料を提供してくださった多くの宣教師の皆さんに心から感謝いたします。これらの方々は、一緒に仕事をしておられる同労者を除いてはほとんど知られることはないでしょう。また、それらの言語で神の言葉を備え、有効な伝道活動の基礎を作ったことにより、その土地に住む人々に素晴らしい宝を与えられたことになります。その人たちは、彼らの尊い仕事を決して忘れることはないでしょう。

本書は説教やレッスンのための教材として役立つ資料を豊富に備えていますが、その目的で牧師や日曜学校教師だけのために書かれたものではありません。クリスチャン生活のこれまで知らなかった領域を知りたいと思っておられる一般クリスチャンへの入門書ともなっています。読者の便宜に資するために3種類の索引をつけました。①聖句索引、本書に引用されている聖書箇所を聖書の順に並べました、②言語索引、これらのほとんど知られていない言語の地理上の説明も加えました、③総索引、題目と聖書の表現のリストを上げました。

ユージン・ナイダ

浜島敏

浜島敏(はまじま・びん)

1937年、愛知県に生まれる。明治学院大学、同大学院修了。1968年4月、四国学院大学赴任。2004年3月同大学定年退職。現在、四国学院大学名誉教授。専攻は英語学、聖書翻訳研究。1974、5年には、英国内外聖書協会、大英図書館など、1995、6年にはロンドン大学、ヘブライ大学などにおいて資料収集と研究。2006年、日本聖書協会より、聖書事業功労者受賞。2014年7~9月、ロンドン日本語教会短期奉仕。神学博士。なお、聖書収集家として(現在約800点所蔵)、過去数回にわたり聖書展示会を行う。国際ギデオン協会会員。日本景教研究会会員。聖書の歴史、聖書翻訳に関する著書・翻訳書、論文多数。

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