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バッハが愛し、「マタイ受難曲」の手本にした伝ラインハルト・カイザー「マルコ受難曲」日本初演

2017年6月16日11時25分 記者 : 坂本直子 印刷
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(写真:東京マルコ受難曲合唱団提供)
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伝ラインハルト・カイザー「マルコ受難曲」が11日、日本で初めて演奏された。会場となった保谷こもれびホール(東京都西東京市)には約500人が集まり、その演奏に耳を傾けた。

この日演奏された「マルコ受難曲」は日本ではほとんど知られていないが、ヨハン・セバスチャン・バッハ(1685~1750)が20代後半の頃に出会い、自身の代表作ともいわれる「マタイ受難曲」BWV244の手本にしたと考えられている。ドイツ、スイス、オーストリアといったドイツ語圏では人気の高い作品で、毎年の受難週には必ずどこかの教会で演奏されているという。

ただ、今回の「バッハによる1740年代演奏稿」の楽譜出版はごく最近(2012年)のことで、現在のところ、この演奏稿による録音はまだ発売されていない。それだけに今回の演奏は、それを実際に聴くことができる貴重な機会となった。

「マルコ受難曲」は、マルコによる福音書14~15章をベースにして、冒頭合唱、自由詩楽曲、コラール、そして最終合唱曲を加えて39曲で構成されている。もともと受難曲は、イースター直前の金曜日(聖金曜日)の礼拝で演奏されるもの。途中で牧師の説教が入ることになっていたため、当時の教会では第1部と第2部に分かれて演奏されており、今回もその形がとられた。

福音史家(テノール)は櫻田亮、イエス(バス)は小藤洋平、ソプラノを鈴木美登里、そしてアルトを青木洋也と、そうそうたるメンバーがそろった。演奏は、バロック期の声楽作品の伴奏アンサンブルとしても高い評価を得ているコーヒーカップ・コンソート。指揮は、その結成者の1人でもある大塚直哉が当たった。冒頭・最終合唱曲や群衆の声、コラールは、東京マルコ受難曲合唱団。

バッハが愛し、「マタイ受難曲」の手本にした伝ラインハルト・カイザー「マルコ受難曲」日本初演
(写真:東京マルコ受難曲合唱団提供)

演奏前に、今回の演奏会を企画した音楽学者の加藤拓未(かとう・たくみ)氏がプレ・トークを行った。

「天才といわれるバッハも1つの時代を生きた1人の人間であり、人々や社会の交わりの中で生きていた。誰とも会わずカプセルの中で生きていたわけではない。バッハの周辺にあった作品を紹介することで、バッハが聴いていた音楽とはどういうものだったか、バッハが好きだったのはどのような作品だったかを、演奏を通して一緒に探っていく機会にしたい」

ラインハルト・カイザー(1674~1739)は、17世紀終わりから18世紀前半にかけて活躍したドイツのオペラ作曲家で、バッハ、メンデルスゾーンなどと並ぶルター派教会音楽家だ。当時、カイザーの作るオペラは人気が高く、ヘンデルやテレマンと並ぶ巨匠に数えられていた。バッハも10歳年長のカイザーを敬愛していたと伝えられ、「マルコ受難曲」をバッハ自身、1712~13年、26年、40年代と3回も演奏している。加藤氏は、「バッハは自身の『マタイ受難曲』を4回演奏しており、その回数からすれば、この曲が気に入っていたと考えて間違いないだろう」と話す。

バッハが愛し、「マタイ受難曲」の手本にした伝ラインハルト・カイザー「マルコ受難曲」日本初演
演奏会で示されたバッハ「マタイ受難曲」と伝カイザー「マルコ受難曲」の類似点を示した譜例。

またバッハは、2回目の「マルコ受難曲」演奏後の翌年に「マタイ受難曲」を作っている。加藤氏は、2つ作品の譜面と場面の構造からその類似点を具体的に示し、カイザーの「マルコ受難曲」がこの「マタイ受難曲」の手本になっているとことを明らかにした。

「偶然ではないかと考えるかもしれないが、バッハが前の年に演奏した『マルコ』をすっかり忘れて『マタイ』を作ったとは考えられない」

ところで、今回「伝ラインハルト・カイザー」と表記している点について加藤氏は次のように説明した。

「この『マルコ受難曲』は、カイザーの他のオペラやオラトリオと比べて様式が似ていないことから、別人によるものではないかという疑いが早い時期から持たれていた。これまでの研究で作者について諸説出ているが、決め手となる証拠が見つからず、その作者が確実ではないからだ」

今回演奏されたのは、1740年代、バッハが3度目に演奏したバージョン。「マルコ受難曲」に元からあった3つの楽曲をカットし、ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル(1685~1759)の「ブロッケス受難曲」の独唱曲に差し替え、さらに同曲から4つの独唱曲を加えている。このことについて加藤氏は、「バッハの好きだった『マルコ受難曲』に、尊敬するヘンデルの受難曲のアリアを組み合わせたことは、両者に対するオマージュを感じる」と見る。

「マルコ受難曲」の幕開けは、イザヤ書53章5節の言葉を歌う合唱から。そして、「一同は賛美の歌をうたってから、オリーブ山へ出かけた」(マルコ14章26節)という場面を冒頭に、イエスの受難の物語が、レチタティーヴォ、アリア、合唱、コラール、シンフォニアによって展開する。

イエスが十字架にかかり、福音史家による「それから、イエスは大声をあげて息を引き取られた」に続いて、アルトが歌うコラールは圧巻。またその旋律は、バッハの「マタイ受難曲」の同じ場面で歌われるパウル・ゲルハルト作「血しおしたたる、主のみかしら」(『讃美歌21』310番)と同一だったことも大きな発見だった。コラール(賛美歌)は宗教改革者ルターが作ったもので、バッハをはじめルター派音楽家の共通の伝統だという。遠い昔にドイツで誕生した、耳に残る美しいコラールが日本の教会でも歌い継がれていることに改めて気づかされた。

この日の演奏会では、イザヤ書57章1~2節に基づく5声モテット「正しい者は滅びても」も演奏された。同作品は、1750年頃にライプツィヒで演奏されたと推測される受難曲「エドムより来る者」の中の1曲として伝わっている。合唱が、逆境における信仰の大切さを雄大に歌い上げた。

演奏を聴きに来た40代の女性は、「なかなか聴けない曲なので、とても興味深かった。面白いと感じる演奏会だった」と感想を語った。

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