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ビジネスマンから牧師への祝福された道(54)競争をどう考えればよいか 門谷晥一

2017年2月12日16時59分 コラムニスト : 門谷晥一 印刷
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ここからは、私がいろいろな所でお話をしたときに受けた質問とそれに対する答えの中から、30問を選んで以下に示した。なお、この章でも、幾つかの本を参考並びに引用させていただいた。それらの本については〔 〕内に番号をつけ、文末に参考文献として記した。より詳しい内容を知りたい方は、そちらの方を参照していただきたい。

こんな時にどうするQ&A 聖書的原則と私の体験(1)
競争をどう考えればよいか

人が地上で生きていく限り、どんな所においても、大なり小なり競争がある。職場や学校においてはもちろんのこと、家庭においてさえ兄弟間における競争がある。従って、私たちが競争を避けることは困難である。

なぜ、私たちは競争するのだろうか。それは人間には、ある目標に向かって上って行くという向上心が本来備わっているからである。向上心は、神が人に下さったさまざまな資源を最大限に生かそうとする志向であり、それを働かせること自体は、神が喜ばれることであり、好ましいことである。

この向上心の働かせ方が、自己の内で完結している場合には、競争は起こらない。しかし、自己や自己に関する物事を、他者や他者に関する物事と比較して、より良い立場やより良い状況に置きたいと願い、向上心を他者との比較において働かせるときに競争が生じる。

競争には、良い面と悪い面の両方がある。良い面は、相手と競うことで向上心がより刺激され、より良い結果をもたらすことである。また悪い面は、競争という言葉が示す通り、相手と比較し競うことで、向上心が争いをもたらすように働くことである。それ故、私たちは、競争の良い面を生かし、悪い面を殺すように努力することが肝要である。

そのための鍵は、どのような動機で向上心を働かせ、競争を行うかということである。キリスト者は競争を行う場合、その動機に優先順序をつけることが必要である。彼はまず第1に、神の栄光を現すため、結果を全て神の栄光に帰すという動機を持って、競争を行うべきである。

次に、社会や人々を喜ばせるという動機を持つべきであり、自分のためという動機は最後に置くべきである。このような優先順序を持って競争を行うとき、それは神の祝福を受けるものとなり、結果として相手に勝ることができるということを覚えたい。

この良き例として、映画「炎のランナー」の主人公、エリック・リデルのことを紹介したい。彼は実在したキリスト者であり、パリ・オリンピックの100メートル競走のイギリス代表選手であった。神は、彼の上に試練を与えられた。予選の行われる日が日曜日となり、聖日礼拝の時間と重なってしまったのである。彼はキリスト者としてどちらを優先させるべきか悩んだ末に、聖日礼拝を優先させることにし、100メートル競走の出場の機会を他の選手に譲ってしまったのである。

競走に出ることよりも、神の栄光を現すことの方が大事であると考えたからである。当然のことながら彼のこの決断は、大きな波紋を呼んだ。しかし神は、礼拝を優先させた彼を見捨てることなく、彼に新たに400メートル競走への出場の機会を備えられたのである。彼の専門は短距離であり、中距離は彼の本来得意とするところではなかった。そのため、大きな期待は持たれなかった。

しかし、彼はその400メートル競走で、何と世界新記録で優勝してしまったのである。これは本当に予想外のことであった。ダニエル2:20に「神の御名は とこしえからとこしえまでほむべきかな。知恵と力は神のもの」とある通り、知恵と力の源なる神は、ご自身を第1とし、ご自身の栄光を現すことを求めた彼に、特別な力を与えられたのである。

このように、私たちが神の栄光を現そうとする動機をもって競争を行うとき、神は私たちに、大いなる知恵や力を与えられるということを覚えたい。競争の動機における優先順序において、自己のためという動機が最優先になるとき、また神の栄光のためや社会や人々を喜ばせるためという動機が欠落するとき、競争には問題が生じるようになる。ヤコブ4:1に「何が原因で、あなたがたの間に戦いや争いがあるのでしょう。あなたがたのからだの中で戦う欲望が原因ではありませんか」とある通りである。

自分が良くなることや、相手に勝ることのみを動機とする競争は悪循環を招き、競争は最終的には泥沼化し、相手と共倒れになることすらある。キリスト者はそのような競争からは、距離を置くべきである。相手が自分の方を攻撃してくるような場合でも、キリスト者は相手を貶(おとし)めるような競争に、決して入っていくべきではない。

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門谷晥一

門谷晥一(かどたに・かんいち)

1943年生まれ。東京大学工学部大学院修士課程卒業。米国ミネソタ州立大学工学部大学院にてPh.D.(工学博士)取得。小松製作所研究本部首席技監(役員待遇理事)などを歴任。2006年、関西聖書学院本科卒業。神奈川県厚木市にて妻と共に自宅にて教会の開拓開始。アガペコミュニティーチャーチ牧師。著書に『ビジネスマンから牧師への祝福された道―今、見えてきた大切なこと―』(イーグレープ)。

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