日本宣教論

後藤牧人

日本宣教論(48)原始神道  後藤牧人

神社神道は、明治以後に成立したのであるが、いわゆる「民間信仰」が持っているような迷信的な諸習慣、神憑(つ)き、お告げなどといったものは持っていない。仮にあったとしても、それは信仰や行事の辺縁にすぎない。

2017年09月20日6時58分

後藤牧人

日本宣教論(47)歴史上の「神道」 後藤牧人

日本中、至る所に神社がある。そこでは、古式に従って神事が行われており、一般的な印象からすれば、古代からこの形で続いてきたと思われる。しかし問題は、そんなに簡単なものではない。現在の神社の形態は、明治以後のことなのである。

2017年09月06日7時01分

後藤牧人

日本宣教論(46)国家神道イデオロギー  後藤牧人

日本伝道を考えると、「国家神道イデオロギー」の問題に突き当たる。これをどう扱うかは日本宣教学の根底にわだかまる問題である。日本宣教を志す者が、この問題を無視して通り過ぎるわけに行かないのも当然のことである。

2017年08月23日6時41分

後藤牧人

日本宣教論(45)ナチズムとの関係  後藤牧人

「天皇現人神」という狂的な思想へと日本は走ったが、その理由の1つにナチズムの影響を見いだせるのでないか。ナチズムは政治理論であると同時に、宗教運動でもあった。

2017年08月10日19時10分

後藤牧人

日本宣教論(44)天皇礼拝  後藤牧人

筆者の子どもの頃の、ファースト・ハンドの体験を少し述べたい。天皇の尊崇ということは宗教なのか、それとも当時の人たちからただの「タテマエ」と理解されていたのか、子ども心にもよく分からず、自分なりに調べていた。

2017年07月26日13時31分

後藤牧人

日本宣教論(43)天皇という呼称  後藤牧人

古来、中国では各地に王がおり、それらの王たちを統合するものとして「皇」 がいたが、皇には泰皇、天皇、地皇の3つの階級があり、天皇は3つの階級のうちの真ん中であった。

2017年07月12日7時32分

後藤牧人

日本宣教論(42)天皇神人説  後藤牧人

なぜこのような狂的な現象が起こったのだろうか。1つの理由はキリスト教国による圧迫に対抗して、日本という国家を維持するため、何かの精神的支柱が必要であり、そのためには「天皇現人神」説しかなかった、ということであろう。

2017年06月28日17時55分

後藤牧人

日本宣教論(41)天皇制  後藤牧人

日本の歴史においては、天皇が実権を持った期間はほとんどなかったのは周知のことである。摂政としての藤原氏、鎌倉幕府、室町幕府、豊臣政権、徳川幕府などが天皇を補佐する形をとった。

2017年06月14日7時38分

後藤牧人

日本宣教論(40)易姓革命 後藤牧人

儒教は「礼を行う」ことによって社会が治まる、とした。礼は最高の善である。礼のうちで先祖の祭りは最大の要素で、それをチャンとやらない政府は倒れる。

2017年05月31日7時42分

後藤牧人

日本宣教論(39)日本の植民地問題  後藤牧人

李王朝末期の総理大臣の李完用は、それまで朝鮮が中国の保護国であったが、中国の衰亡を見て、この先頼るものとしてロシアは考えられず、 日本は好まず、米国しかないと考えた。そこで王族の全員に長老教会の洗礼を受けさせ、その上で交渉のために渡米した。

2017年05月17日16時06分

後藤牧人

日本宣教論(38)日本有罪論の根拠 後藤牧人

もちろん、簡単な方法があって、1928年のケロッグ=ブリアン条約(パリ不戦条約)以後の全ての植民地獲得戦争は罪であるとし、それ以前は無罪とするのである。

2017年05月03日6時46分

後藤牧人

日本宣教論(37)日本の戦争責任 後藤牧人

全てが日本の責任であり、日本の狂気がなせるわざであるとか、また、米国は善であり、終戦後に日本は米国に指導されて、初めて良い国となり始めた、戦前の日本は全く暗黒と狂気の満ちた国であった、などとするのは非常に無理がある。

2017年04月19日11時25分

後藤牧人

日本宣教論(36)米国文化の偽善と独善 後藤牧人

英国の歴史学者クリストファー・ソーンは、米国人の単純、無邪気さをいささかの驚きをもって紹介している。

2017年04月05日8時02分

後藤牧人

日本宣教論(35)日本国内の状況:「きけ わだつみ」現象 後藤牧人

あまり取り上げられていないことであるが、岩波文庫版の『きけ わだつみのこえ』の巻末に編集者の苦悩がつづられている。この書の編集に当たって、主として東大の教授からなる担当者たちが悩んだ大きな問題があった。

2017年03月22日17時17分

後藤牧人

日本宣教論(34)日本国内の状況:勝算があっての開戦ではない・その2 後藤牧人

日本は富国強兵を図った結果、明治維新から70年後には世界の大国となっていた。初めは欧米の技術を模倣したが、やがて日本独自の技術による新鋭の武器を備えた。英米の認識は、これを脅威とした。

2017年03月08日16時18分

主要ニュース

コラム

人気記事ランキング