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社会鍋

ボランティア100年やってます―救世軍もつらいよ―(35)戦後の竪穴住居

ボランティア100年やってます―救世軍もつらいよ―(35)戦後の竪穴住居

第2次大戦後、横浜では復員してきたおじさんたちが、穴ぐらを掘って生活していた。今でいうホームレスだが、当時は乞食とか浮浪者と言っていた。

2017年05月17日17時26分

ボランティア100年やってます―救世軍もつらいよ―(34)アメリカ人もホームレス

ボランティア100年やってます―救世軍もつらいよ―(34)アメリカ人もホームレス

暮れも押し迫った12月29日の夜。B場さんは、横浜・伊勢佐木町の交番から電話を受けた。交番からの電話なんて、あまりいい気持ちはしないものだ。多少の不安を感じながら出てみると、「外国人のホームレスを、引き取ってもらえないか」ということだった。

2017年05月04日6時56分

ボランティア100年やってます―救世軍もつらいよ―(33)傷ついた子どもたちとともに

ボランティア100年やってます―救世軍もつらいよ―(33)傷ついた子どもたちとともに

K藤さんは、少年院の先生になりたくて、社会福祉の道を選んだ。中学時代、友達が非行に走るのを止めることができなかったことが、深い心の痛みになっていたからだ。

2017年04月18日7時33分

ボランティア100年やってます―救世軍もつらいよ―(32)老人福祉施設運営の前線に立って

ボランティア100年やってます―救世軍もつらいよ―(32)老人福祉施設運営の前線に立って

T井さんはもともと企業の営業マンだった。売り上げは常にトップクラスで、それなりに努力し、満足もしていたという。ところが38歳の時、弟が突然亡くなったことがきっかけで、自分の身の振り方を真剣に考えるようになった。

2017年04月04日20時02分

ボランティア100年やってます―救世軍もつらいよ―(31)神に期待されて生きた人生

ボランティア100年やってます―救世軍もつらいよ―(31)神に期待されて生きた人生

救世軍チャプレンのN宮さんが救世軍に出入りし始めたのは、1955(昭和30)年の6月。まだ16歳の少年時代だった。N宮さんは東京で生まれて、間もなく戦争に巻き込まれた。

2017年03月21日18時32分

ボランティア100年やってます―救世軍もつらいよ―(30)退所後の人との関わり

ボランティア100年やってます―救世軍もつらいよ―(30)退所後の人との関わり

N宮さんが救世軍・婦人ホームの役職として働いている間にできた制度の1つに、退所した人のための「退所者自立援助事業」がある。これは以前、宮城県知事をしていたA野さんが厚生省の生活課長で婦人保護を担当していた時代に実現したもの。

2017年03月07日19時42分

ボランティア100年やってます―救世軍もつらいよ―(29)婦人たちの心の成長のために

ボランティア100年やってます―救世軍もつらいよ―(29)婦人たちの心の成長のために

昔の婦人ホームでは、トラックで女性たちを収容して連れて来ていたが、拘束力のない施設であるため逃げ出す人もあり、なかなか更正につながらないという一面があった。

2017年02月21日12時56分

ボランティア100年やってます―救世軍もつらいよ―(28)異性間の問題にも気を配りつつ

ボランティア100年やってます―救世軍もつらいよ―(28)異性間の問題にも気を配りつつ

現在、全国的に見ても、婦人保護施設の利用者数は700~800人くらい。緊急一時保護を入れればもっと多い数字になるが、純粋な長期滞在の方はそのくらいである。

2017年02月07日15時45分

ボランティア100年やってます―救世軍もつらいよ―(27)婦人ホーム利用者の今昔

ボランティア100年やってます―救世軍もつらいよ―(27)婦人ホーム利用者の今昔

N宮さんは1984年、45歳の時から23年間、東京で救世軍・婦人ホームの仕事をしてきた。救世軍は昔から廃娼運動を推進していて、戦前だけでなく戦後も、ずっと長い間婦人問題と関わってきた。そのため救世軍は、この分野ではかなり尽力してきたといえるだろう。

2017年01月25日12時20分

ボランティア100年やってます―救世軍もつらいよ―(26)朝光寮での奉仕を踏まえて

ボランティア100年やってます―救世軍もつらいよ―(26)朝光寮での奉仕を踏まえて

F岡さんは、救世軍に導かれてクリスチャンになってから、軍属(職員)として大阪にある救世軍の婦人保護施設・朝光寮で3年ほど働いた。昭和24、25年ごろで、まだ戦後の混乱が続いていた時代だった。

2017年01月10日15時15分

ボランティア100年やってます―救世軍もつらいよ―(25)戦後からオリンピックまで

ボランティア100年やってます―救世軍もつらいよ―(25)戦後からオリンピックまで

1927(昭和2)年生まれのA野さんは、19歳になったら戦争に行く予定だった。結局戦争には行っていないが、訓練は受けたという。陸軍の教練は大変だった。機関銃の撃ち方も教わり、陸軍の学校に入るように勧められた。

2016年12月27日11時38分

ボランティア100年やってます―救世軍もつらいよ―(24)戦後の女性保護

ボランティア100年やってます―救世軍もつらいよ―(24)戦後の女性保護

第2次世界大戦が終わって米軍のマッカーサーが日本を管理し始め、総司令部の命令によって公娼制度が廃止になった。そして、農地改革により貧しい農家の生活がガラッと変わったのを契機に、身売りはなくなってきた。

2016年12月14日3時18分

ボランティア100年やってます―救世軍もつらいよ―(23)救世軍と女性廃娼運動

ボランティア100年やってます―救世軍もつらいよ―(23)救世軍と女性廃娼運動

A野さんが子どもの頃、A野さんの祖母は婦人矯風会(1886年「東京婦人矯風会」として発会、現・日本キリスト教婦人矯風会)の役員だった。まだ、昭和の初め頃の話である。

2016年11月29日18時17分

ボランティア100年やってます―救世軍もつらいよ―(22)山室軍平の時代から

ボランティア100年やってます―救世軍もつらいよ―(22)山室軍平の時代から

教会の在り方や社会の在り方も、山室軍平が命を賭けて社会のために働いていた時代とは違ってきている。山室軍平の生活信条は、「錆びるよりは、すり減るほうがいい」だった。

2016年11月15日21時13分

ボランティア100年やってます―救世軍もつらいよ―(21)明治の廃娼運動と山室機恵子

ボランティア100年やってます―救世軍もつらいよ―(21)明治の廃娼運動と山室機恵子

救世軍が日本にできたのは1895(明治28)年。ちょうど日清戦争が終わったときで、それから労働者階級の意識が芽生えてくる時期だ。そのような中にも、山室軍平は飛び込んでいった。

2016年11月01日12時05分

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