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後藤牧人

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日本宣教論(39)日本の植民地問題  後藤牧人

李王朝末期の総理大臣の李完用は、それまで朝鮮が中国の保護国であったが、中国の衰亡を見て、この先頼るものとしてロシアは考えられず、 日本は好まず、米国しかないと考えた。そこで王族の全員に長老教会の洗礼を受けさせ、その上で交渉のために渡米した。

2017年05月17日16時06分

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日本宣教論(38)日本有罪論の根拠 後藤牧人

もちろん、簡単な方法があって、1928年のケロッグ=ブリアン条約(パリ不戦条約)以後の全ての植民地獲得戦争は罪であるとし、それ以前は無罪とするのである。

2017年05月03日6時46分

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日本宣教論(37)日本の戦争責任 後藤牧人

全てが日本の責任であり、日本の狂気がなせるわざであるとか、また、米国は善であり、終戦後に日本は米国に指導されて、初めて良い国となり始めた、戦前の日本は全く暗黒と狂気の満ちた国であった、などとするのは非常に無理がある。

2017年04月19日11時25分

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日本宣教論(36)米国文化の偽善と独善 後藤牧人

英国の歴史学者クリストファー・ソーンは、米国人の単純、無邪気さをいささかの驚きをもって紹介している。

2017年04月05日8時02分

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日本宣教論(35)日本国内の状況:「きけ わだつみ」現象 後藤牧人

あまり取り上げられていないことであるが、岩波文庫版の『きけ わだつみのこえ』の巻末に編集者の苦悩がつづられている。この書の編集に当たって、主として東大の教授からなる担当者たちが悩んだ大きな問題があった。

2017年03月22日17時17分

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日本宣教論(34)日本国内の状況:勝算があっての開戦ではない・その2 後藤牧人

日本は富国強兵を図った結果、明治維新から70年後には世界の大国となっていた。初めは欧米の技術を模倣したが、やがて日本独自の技術による新鋭の武器を備えた。英米の認識は、これを脅威とした。

2017年03月08日16時18分

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日本宣教論(33)日本国内の状況:勝算があっての開戦ではない 後藤牧人

バイアスの疑問に答えて前述の論議を進めているが、日本は決して勝算があって戦争を始めたのでない。座して滅びるよりは、戦って滅びようとしたということであろう。

2017年02月22日8時33分

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日本宣教論(32)日本国内の状況:開戦の詔勅と大東亜宣言 後藤牧人

太平洋戦争の開戦の詔勅(しょうちょく)は、そのかなりの部分が中国問題に割かれている。その内容は、日本の中国政策を米英が妨害し、よって東アジアの平和を乱していると主張している。

2017年02月08日14時33分

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日本宣教論(31)日本国内の状況:ノモンハン事件 後藤牧人

満州国は1932(昭和7)年に成立したが、その5年後の1939(昭和14)年に、ソビエト連邦は内蒙古のノモンハンに侵入した(ノモンハン事件)。戦闘機、爆撃機を合わせて300機以上の大編隊、加えて戦車の大部隊で侵入したのである。

2017年01月25日13時39分

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日本宣教論(30)日本国内の状況:満州国建設の意味 後藤牧人

清王朝はその全盛時代には、父祖の地である満州に農耕民が流入するのを許さなかった。狩猟民族、騎馬の民であった満州族は父祖の地をそのままの形で取っておきたかったのである。もともと数十万人の清族が狩猟をもって生活していたにすぎなかった満州である。原野を多く残していた。

2017年01月11日7時43分

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日本宣教論(29)日本国内の状況:開戦 後藤牧人

日本は植民地の獲得に動き、まず満州を得、ここに傀儡(かいらい)政権を作った。これは国際連盟によって42対1で植民地として断定され、日本は満州の侵略より手を引くように勧告された。

2016年12月28日11時47分

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日本宣教論(28)日本国内の状況:開国 後藤牧人

19世紀の中ごろになり、航海技術の発展に伴い、もう鎖国という消極的な政策では国を守ることができなくなり、日本は開国へと方針を変化し、1868年をもって明治元年とした。

2016年12月14日5時47分

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日本宣教論(27)日本人の独創性―その他の独創的な発明2― 後藤牧人

トロンというOS(オペレーティングシステム)がある。これはOS自身が最大17万文字を扱うことができる優れたシステムである。

2016年11月30日14時43分

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日本宣教論(26)日本人の独創性―ジェット・エンジンの開発・その他の独創的な発明― 後藤牧人

17代目の種子島時休(ときやす)は、昭和初期にフランスから輸入したターボ・チャージャにヒントを得てジェット・エンジンの開発を進め、海軍ロケット研究所を作り、変人扱いをされながら自力でジェット・エンジンを完成、終戦の数日前にテスト飛行を行い、成功した。

2016年11月16日13時08分

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日本宣教論(25)日本国内の状況:日本人の独創性―鋼鉄の鍛造― 後藤牧人

日本刀の製造を考えると、適度の不純物を含んだ鋼鉄を熱して伸ばし、折り曲げて鍛造し、その折り曲げを20~25回繰り返すと多くて数千万の層になる。それを整形するとさまざまな要素がラミネートされた刀身ができる。

2016年11月02日19時39分

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