2020年5月4日22時40分

京大式・聖書ギリシャ語入門(21)「この国々の一切の権力と栄華とを与えよう」―μι 動詞の未来形―

京大式・聖書ギリシャ語入門(21)「この国々の一切の権力と栄華とを与えよう」―μι 動詞の未来形―
ヨルダン川西岸地区のエリコ近くにある「誘惑の山」。イエス・キリストが悪魔から誘惑を受けたと言い伝えられている。(写真:Tango7174)

京大式・聖書ギリシャ入門を担当しております、宮川創、福田耕佑です。難しい時期が続いています。復活祭を祝いに教会に行けないという事態になるなんて、半年前には思ってもいませんでした。苦しい状況が続き、心が冷めていき、悪魔の誘惑のような耳ざわりのよい誘惑にもかられます。どうぞ神様、この試練を早く過ぎ去らせてくださいと祈るばかりです。

今回は、ルカによる福音書より御言葉を選びました。悪魔の言葉でも世の言葉でもなく、神の言葉に導かれ歩んでいく者でありたいと切に願います。今回は例題16(ルカによる福音書4章6節前半)を取り上げ、μι 動詞の未来形について学びましょう。

■ 第20回の練習問題の確認

1)繋辞動詞 εἰμί の未来形の活用を書きなさい。

* 繋辞動詞 εἰμί の未来形

  単数 複数
1人称 ἔσομαι ἐσόμεθα
2人称 ἔσῃ ἔσεσθέ
3人称 ἔσται ἔσονται

2)次の文章を訳しなさい。

ἔσεσθέ μου μάρτυρες

ἔσεσθε [動詞] ~である(繋辞動詞 εἰμί の2人称・複数・未来形)
μου [代名詞] 私の(1人称・単数・属格)
μάρτυρες [名詞] 証人、目撃者(男性・女性:μάρτυς(-υρος) の複数・主格)

ポイントは繋辞動詞の未来形でした。この文で使われているのは ἔσεσθέ ですが、練習問題の1)を参考にすると、ἔσεσθέ が繋辞動詞 εἰμί の2人称・複数・未来形であることが分かります。次に μάρτυρες ですが、これは第3変化名詞 μάρτυς(-υρος) の複数・主格に当たる形で、「証人たちが」という意味になります。こちらの名詞の曲用は前回の講座で詳しく説明していますので、そちらをご覧ください。

最後に「私の」を表す所有の代名詞 μου を名詞の μάρτυρες と組み合わせ、ἔσεσθέ μου μάρτυρες で「あなたちは私の証人になるでしょう」という意味になりました。前回の復習は以上になります。

■ 例題16(ルカによる福音書4章6節前半)

「こう言った。『この国々の一切の権力と栄華を与えよう』」(聖書協会共同訳)

「こう言った。『このような、国々の権力と栄光を全てあなたにあげよう』」(新改訳2017)

ギリシャ語:καὶ εἶπεν αὐτῷ ὁ διάβολος, Σοὶ δώσω τὴν ἐξουσίαν ταύτην ἅπασαν καὶ τὴν δόξαν αὐτῶν

<語釈>

καὶ [接続詞] ①そして、~と(英語の and、フランス語の et)、②~も(英語の too、フランス語の aussi)
εἶπεν [動詞] (彼は)言った
αὐτῷ [代名詞] 彼に(αὐτός の3人称・単数・与格)
ὁ [冠詞] 男性・単数・主格と(第11回参照)
διάβολος [名詞] 中傷者、悪魔(διάβολος(-ου) の単数・主格)
σοί [代名詞] あなたに(2人称・単数・与格)
δώσω [動詞] ~を与える(δίδωμι の1人称・単数・未来)
τὴν [冠詞] 女性・単数・対格と(第11回参照)
ἐξουσίαν [名詞] 権限、権力、支配(ἐξουσία(-ας) の単数・対格)
ταύτην [代名詞] (形容詞的にも)これを、それを(οὗτος の女性・単数・対格)
ἅπασαν [代名詞] (形容詞的にも)全~、すべてを(ἅπας の女性・単数・対格)
δόξαν [名詞] 栄光、名誉(δόξα(-ας) の単数・対格)
αὐτῶν [代名詞] 彼らの、彼女らの、それらの(αὐτός の3人称・複数・属格)

■ μι 動詞(能動)の未来形

今回は μι 動詞の未来形について学びましょう。今回の講座によって、直接法・能動の未来形の形はほとんど学んだことになります。英語だと未来形は簡単だった気がするのに、聖書ギリシャ語だとえらく複雑だと思われる人もいらっしゃるかもしれませんが、一つ一つ込み入った点をひもといていければと存じます。まずは、今課で登場する μι 動詞 δίδωμι の未来形から見ていきましょう。

* δίδωμι の能動態・未来形

  単数 複数
1人称 δώσω δώσομεν
2人称 δώσεις δώσετε
3人称 δώσει δώσουσι(ν)

となります。δώσ- が変化しない語幹に当たる部分で、太字にした部分が変化する活用語尾に当たります。また、活用語尾は ω 動詞の現在形や未来形の語尾と同じですのでご注意ください。現代ギリシャ語をご存じの人ですと、未来なのだから動詞の前に θα を置きたくなってしまいますよね(笑)。こちらの δίδωμι の未来形では、現在形と比べると、語幹から δι- が脱落していて、初見では現在形 δίδωμι の形から未来形の δώσω の形を導き出すのは困難なように思われます(δίδωμι および μι 動詞の現在形の活用については第8回と第11回を参照してください。

ギリシャ語を学ぶときの最も大きな困難の一つに、動詞や名詞が変化する際に語幹が変わって元の形が特定できない、また辞書が引けないということが挙げられるでしょう。δίδωμι の項で辞書を引くと、動詞変化の項目の中に「未来:δώσω」のような形で通例エントリーされていたり、また細かい辞書では δώσω で引くと、「δίδωμι の項を参照」という形で辞書形を教えてくれたりしている辞書もあります。いずれにせよ、語幹が変化してしまう形は慣れるまで大変です。

また、μι 動詞の能動態・未来形の例として、第8回で δίδωμι と並んで現在形を紹介した τίθημι の活用を紹介します。

* τίθημι の能動態・未来形

  単数 複数
1人称 θήσω θήσομεν
2人称 θήσεις θήσετε
3人称 θήσει θήσουσι(ν)

以上のようになります。こちらも θήσ- が変化しない語幹に当たる部分で、太字にした部分が変化する活用語尾に当たります。なお、τίθημι の現在形の活用は第8回をご覧ください。それでは、本文の解説を通して、実際の用例を見ていきましょう。

■ 本文の解説①

ギリシャ語:καὶ εἶπεν αὐτῷ ὁ διάβολος

καὶ [接続詞] ①そして、~と(英語の and、フランス語の et)、②~も(英語の too、フランス語の aussi)
εἶπεν [動詞] (彼は)言った
αὐτῷ [代名詞] 彼に(αὐτός の3人称・単数・与格)
ὁ [冠詞] 男性・単数・主格と(第11回参照)
διάβολος [名詞] 中傷者、悪魔(διάβολος(-ου) の単数・主格)

まずはおなじみの καὶ ですが、英語の and、フランス語の et と同じように、前後の文章をつないでいます。次に εἶπεν ですが、こちらはまだ学んでいないある意味、過去形の一種でアオリストと呼ばれるもので、3人称・単数で「(彼・彼女・それは)言った」という意味の動詞です。そして「誰に言うのか」という、この εἶπεν の間接目的語を受けるのが αὐτῷ で、「彼に」つまり「キリストに」となります。そして εἶπεν の主語が、ὁ διάβολος「悪魔」です。この διάβολος という名詞は「中傷者」や「悪魔」という意味の名詞ですが、διαβάλλω という「中傷する」「告発する」という意味の動詞から発生しています。

マニアックな単語ですが、英語とフランス語では diabolism / diabolisme、つまり「悪魔崇拝」などの単語に入っています。悪魔といえば、「デーモンの召喚」や「デーモン閣下」などの「デーモン」また「デビル」という言葉を思い出す人もいらっしゃるかもしれません。この demon / démon「デーモン」という言葉もまた、ギリシャ語の δαίμων に由来する言葉です。これは現代式では「デーモン」のような発音になりますが、再建式の発音では「ダイモーン」のようになります。古代ギリシャ哲学が好きな人であれば、ソクラテスに「ダイモーン」という霊がついていたという話をご存じの人もいらっしゃるでしょう。あの「ダイモーン」が「デーモン」です(笑)。ちなみに新約聖書の中では δαίμων よりは、δαιμόνιον という単語が多用されています。

まとめますと、καὶ εἶπεν αὐτῷ ὁ διάβολος 全体で「そして、悪魔は彼に言った」となります。そしてこの悪魔が何を言ったのか、以下に見ていきましょう。

■ 本文の解説②

ギリシャ語:Σοὶ δώσω τὴν ἐξουσίαν ταύτην ἅπασαν καὶ τὴν δόξαν αὐτῶν

σοί [代名詞] あなたに(2人称・単数・与格)
δώσω [動詞] ~を与える(δίδωμι の1人称・単数・未来)
τὴν [冠詞] 女性・単数・対格と(第11回参照)
ἐξουσίαν [名詞] 権限、権力、支配(ἐξουσία(-ας) の単数・対格)
ταύτην [代名詞] (形容詞的にも)これを、それを(οὗτος の女性・単数・対格)
ἅπασαν [代名詞] (形容詞的にも)全~、すべてを(ἅπας の女性・単数・対格)
δόξαν [名詞] 栄光、名誉(δόξα(-ας) の単数・対格)
αὐτῶν [代名詞] 彼らの、彼女らの、それらの(αὐτός の3人称・複数・属格)

σοί は代名詞で「あなたに」を表します。ここで「あなた」という2人称・単数の代名詞を紹介します。

* 2人称・単数「あなた」の人称代名詞

  アクセントあり アクセントなし 意味
主格 σύ - あなたが
属格 σοῦ σου あなたの
与格 σοί σοι あなたに
対格 σέ σε あなたを

となります。次に今回のテーマとなっている δώσω です。この動詞は δίδωμι の未来形ですが、上記の μι 動詞の未来形のところで活用を確認したように、δίδωμι の1人称・単数・未来形で「(私は)~を与えるでしょう」という意味になります。

最後に「~を」の直接目的語に当たる τὴν ἐξουσίαν ταύτην ἅπασαν καὶ τὴν δόξαν αὐτῶν の部分を見ていきましょう。大きく見ると、この塊も接続詞 καὶ の前後で分かれますので、まずは καὶ より前の塊である τὴν ἐξουσίαν ταύτην ἅπασαν から見ていきましょう。最初に τὴν ἐξουσίαν ですが、この単語は「権限、権力、支配」を意味する ἐξουσία という単語の対格形で、「権力を」という意味になります。この「権力を」を後ろから修飾しているのが ταύτην と ἅπασαν になります。それぞれ οὗτος(これ、それ)と ἅπας(全~、すべて)の女性・単数・対格形に活用しています。ですので、τὴν ἐξουσίαν ταύτην ἅπασαν のセットで「このすべての権力を」となります。

続いて後半の τὴν δόξαν αὐτῶν ですが、まずは「名誉、栄光」を表す δόξα の対格形 τὴν δόξαν が来ていて、意味は「栄光を」という意味になります。この単語は現在でももっぱら「神の栄光」などの「栄光」という意味に使われていますが、古代ギリシャ哲学などでは「意見、臆見」の意味でよく用いられ、こちらの意味の方になじんでいる読者もいらっしゃるかもしれません。今もギリシャでは「やれやれ!」あるいは「おかげさまで!」のような意味で「Δόξα τω Θεώ」というあいさつ(?)といいますか、慣用表現があります。現在のギリシャ語ではアクセント表記が大幅に簡略化されており、昔のアクセント方式に倣って書くと「Δόξα τῷ θεῷ」で、「神に栄光!」というヨハネによる福音書1章14節に見られる頌栄の言葉になります。このように古代から現代までずっと使われ続けている単語というのも面白いですね。

最後に αὐτῶν ですが、これは文脈を考慮して、今回は扱えなかった前の節から考慮して、「国々の」とします。そして先行する2つの名詞にかけます。つまり、

京大式・聖書ギリシャ語入門(21)「この国々の一切の権力と栄華とを与えよう」―μι 動詞の未来形―

のように、後ろから両方の名詞の塊を修飾し、全体としては「私はあなたに国々のこのすべての権力と栄光を与えるだろう」という意味になります。

■ まとめ

最後に例文全体をもう一度見てみましょう。

「καὶ εἶπεν αὐτῷ ὁ διάβολος, Σοὶ δώσω τὴν ἐξουσίαν ταύτην ἅπασαν καὶ τὴν δόξαν αὐτῶν」の直訳は、

「そして悪魔は彼に、『私は国々のこのすべての権力と栄光を与えるだろう』と言った」となります。今回の例文は、これまで見てきた文章の中でも比較的構造が単純なものではなかったかと思います。

■ 練習問題

1)μι 動詞 δίδωμι の能動態・未来形の活用を書きなさい。

* δίδωμι の能動態・未来形

  単数 複数
1人称    
2人称    
3人称    

2)次の文章を訳しなさい。

Σοὶ δώσω τὴν ἐξουσίαν ταύτην ἅπασαν καὶ τὴν δόξαν αὐτῶν

今回の講座は以上になります。ちなみに、書き忘れていましたが、悪魔は悪魔でも devil / デビルの方は、ドイツ語の Teufel と同源のゲルマン系の言語にある形で、これも元をたどれば、形はだいぶ違いますが、ラテン語の diabolus さらに、ギリシア語の διάβολος にさかのぼります。悪魔はあの手この手で私たちを誘惑するものなのだろうと思いますが、困難な状況の中でも続けて聖書やギリシャ語の学びに精を出していきたいと思います。次回はここまで習った動詞の復習をしたいと思います。次回もお楽しみに!(続く)

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宮川創

宮川創(みやがわ・そう)

1989年神戸市生まれ。独ゲッティンゲン大学にドイツ学術振興会によって設立された共同研究センター1136「古代から中世および古典イスラム期にかけての地中海圏とその周辺の文化における教育と宗教」の研究員。コプト語を含むエジプト語、ギリシャ語など、古代の東地中海世界の言語と文献が専門領域。ゲッティンゲン大学エジプト学コプト学専修博士後期課程および京都大学文学研究科言語学専修在籍。元・日本学術振興会特別研究員(DC1)。京都大学文学研究科言語学専修博士前期課程卒業。北海道大学文学部言語・文学コース卒業。「コプト・エジプト語サイード方言における母音体系と母音字の重複の音価:白修道院長・アトリペのシェヌーテによる『第六カノン』の写本をもとに」『言語記述論集』第9号など、論文多数。

福田耕佑

福田耕佑(ふくだ・こうすけ)

1990年愛媛県生まれ。現在、テッサロニキ・アリストテリオ大学訪問研究員。専門は後ビザンツから現代にかけての神学を含むギリシャ文学および思想史。特にニコス・カザンザキスの思想とギリシャ歴史記述とナショナリズムに関する研究が中心である。学部時代は京都大学文学部西洋近世哲学史科でスピノザの哲学とヘブライ語を学んだ。主な論文に「ニコス・カザンザキスの形而上学と正教神学試論 ―『禁欲』を中心に―」(東方キリスト教世界研究〔1〕2017年)、またギリシア語での主な論文に "Ο Καζαντζάκης και ελληνικότητα(カザンザキスとギリシア性)"、"Ο Νίκος Καζαντζάκης απω-ανατολική ματιά(カザンザキス、極東のまなざし)"(2019年)など。