2019年6月5日20時20分

京大式・聖書ギリシャ語入門(11)「これだけは覚えておきたい」―これまで習った文法事項の復習―

京大式・聖書ギリシャ語入門(11)「これだけは覚えておきたい」これまで習った文法事項の復習
オクシュリュンコス・パピルス、2382レクトー (P. Oxy 2383r)、ルカによる福音書22章41、45節

皆さん、こんにちは。京大式・聖書ギリシャ語入門を担当させていただいております、宮川創、福田耕佑です。気が付けば、連載回数も二桁を突破しました。始めた時は5回も続くのかと心配していましたが、どうやら杞憂だったようです(笑)。これからも続けてギリシャ語の持つ魅力、苦労しながらも外国語を学び続けることの魅力、そして神の御言葉を証しする聖書を読む魅力を、皆様と分かち合っていければ幸いです。

今回はこれまでに習った文法事項の復習を主に、動詞の活用や名詞の曲用を中心にお話しします。まず、第1回から第4回までの復習は、第5回をご覧ください。第5回では、①繋辞(けいじ)動詞の活用と、②一般動詞(ω 動詞)の活用の2つを中心に復習しています。

これまで確かにいろいろ学んできましたが、この第11回では厳選し、「これだけは覚えていただきたい」という文法事項として、①定冠詞、②第1変化名詞(女性)、③第2変化名詞(男性・中性)、④μι 動詞の活用形を取り上げたいと思います。

① 定冠詞

まず、女性定冠詞の単数形と複数形を掲載し、男性、中性と掲載します。

(1)定冠詞の女性形(第7回)

  単数形 複数形 意味
主格 ἡ αἱ -が
属格 τῆς τῶν -の
与格 τῇ ταῖς -に
対格 τὴν τὰς -を

(2)定冠詞の男性形(第6回)

  単数形 複数形 意味
主格 ὁ οἱ -が
属格 τοῦ τῶν -の
与格 τῷ τοῖς -に
対格 τὸν τοὺς -を

(3)定冠詞の中性形(第8回)

  単数形 複数形 意味
主格 τὸ τὰ -が
属格 τοῦ τῶν -の
与格 τῷ τοῖς -に
対格 τὸ τὰ -を

② 第1変化名詞(第7回)

第1変化名詞(女性)では2つの形を学びました。ポイントは、この曲用形は女性冠詞の変化とよく似ていることでした!

(1)第1変化 η 語尾名詞(女性)の曲用(ἀγάπη「愛」)

  単数形 複数形 意味
主格 ἀγάπη
ἀγάπαι
-が
属格 ἀγάπης
ἀγαπῶν
-の
与格 ἀγάπῃ
ἀγάπαις
-に
対格 ἀγάπην
ἀγάπας
-を
呼格 ἀγάπη ἀγάπαι -よ

※ 太字にしてある部分が変化語尾です。

(2)第1変化 α 語尾名詞(女性)の曲用(χαρᾱ́「喜び」)

  単数形 複数形 意味
主格 χαρᾱ́ χαραί -が
属格 χαρᾶς χαρῶν -の
与格 χαρᾷ χαραῖς -に
対格 χαρᾱ́ν χαρᾱ́ς -を
呼格 χαρᾱ́ χαραί -よ

※ 太字にしてある部分が変化語尾です。

ご覧のように、η 語尾名詞の方は、定冠詞の女性形とほとんど同じ形で変化しており、α 語尾名詞は η の部分を α に変えるだけです。α 語尾名詞は、語幹の最後の音が ε か ι か ρ の時のみです。χαρᾱ́ の語幹は χαρ- で最後の子音は ρ ですね。

また、語幹の最後の音が ε か ι か ρ のとき以外は、α・η 混合語尾名詞もあります。

(3)第1変化 α・η 混合語尾名詞(女性)の曲用(δόξα「栄光」)

  単数形 複数形 意味
主格 δόξα δόξαι -が
属格 δόξης δόξῶν -の
与格 δόξῃ δόξαις -に
対格 δόξαν δόξᾱς -を
呼格 δόξα δόξαι -よ

※ 太字にしてある部分が変化語尾です。

このように、第1変化形は女性名詞のことが多いのですが、μαθητής「弟子」など男性名詞も存在します。

(4)第1変化 η 語尾名詞(男性)の曲用(μαθητής「弟子」)

  単数形 複数形 意味
主格 μαθητής μαθηταί -が
属格 μαθητοῦ μαθητῶν -の
与格 μαθητῇ μαθηταῖς -に
対格 μαθητήν μαθητᾱ́ς -を
呼格 μᾰθητά μαθηταί -よ

※ 太字にしてある部分が変化語尾です。

また男性名詞は、大部分の女性名詞や中性名詞と異なり、人や物に呼び掛けるときに使う呼格で、主格とは異なる形を取ります。大部分の女性名詞や中性名詞では、呼格は主格と同じ形です。

(5)第1変化 α 語尾名詞(男性)の曲用(νεᾱνίᾱς「若者」)

  単数形 複数形 意味
主格 νεᾱνίᾱς νεᾱνίαι -が
属格 νεᾱνίου νεᾱνίῶν -の
与格 νεᾱνίᾳ νεᾱνίαις -に
対格 νεᾱνίᾱν νεᾱνίᾱς -を
呼格 νεᾱνίᾱ νεᾱνίαι -よ

※ 太字にしてある部分が変化語尾です。

なお、第1変化名詞の男性名詞が女性名詞の変化と違う点は、単数主格で -ς が付くのと、単数属格が第2変化名詞と同じく -ου になることです。

③ 第2変化名詞(男性・中性)

続けて第2変化名詞(男性・中性)の曲用を見ていきましょう。この曲用形でも、男性名詞は男性冠詞と、中性名詞は中性冠詞とよく似た形で変化しています。

(1)第2変化名詞(男性)の曲用(ἄνθρωπος「人間」、第6回)

  単数形 複数形 意味
主格 ἄνθρωπος ἄνθρωπε -が
属格 ἀνθρώπου ἀνθρώπων -の
与格 ἀνθρώπῳ ἀνθρώποις -に
対格 ἄνθρωπον ἀνθρώπους -を
呼格 ἄνθρωπε ἄνθρωπε -よ

※ 太字にしてある部分が変化語尾です。

(2)第2変化名詞(中性)の曲用(τέκνον「子ども」、第8回)

  単数形 複数形 意味
主格 τέκνον τέκνα -が
属格 τέκνου τέκνων -の
与格 τέκνῳ τέκνοις -に
対格 τέκνον τέκνα -を
呼格 τέκνον τέκνα -よ

※ 太字にしてある部分が変化語尾です。

この第2変化形に関しても、冠詞の変化と名詞の曲用は極めて似た形をしています。ですので、実際的な学習としましては、まず冠詞の形を覚えてください。そうすれば自然と名詞の曲用も覚えられます。また文章を読んでいるときも、冠詞の性・数・格が文章の中の統語論を決める、つまり文章の中で名詞がどのような働きをしているのかを決める重要な手掛かりとなります。個人的には、同じ西洋の古典であるラテン語と比べて、ギリシャ語には冠詞がある分読みやすいな、と思うことがよくあります。

なお、第2変化女性名詞も少数ですが存在します。

(3)第2変化名詞(女性)の曲用(παρθένος「乙女」)

  単数形 複数形 意味
主格 παρθένος παρθένοι -が
属格 παρθένου παρθένων -の
与格 παρθένῳ παρθένοις -に
対格 παρθένον παρθένους -を
呼格 παρθένε παρθένοι -よ

※ 太字にしてある部分が変化語尾です。

女性名詞ではそのほとんどが、呼格は主格と同じ形ですが、第2変化女性名詞の場合は、第2変化男性名詞の場合と同じく、呼格では -ε を取ります。

④ μι 動詞の活用形(第8回)

次は μι 動詞の活用を復習しましょう。第8回でお話しした通り、この μι 動詞の特徴も学問的にはいろいろありますが、μι 動詞に属する動詞は数が少なく、また最も頻繁に使われる意味の動詞が属していることを押さえておいていただければ幸いです。

(1)δίδωμι(didōmi)[動詞](1人称・単数・現在)「私は~を与える」の活用

  単数 複数
1人称 δίδωμι
(dídōmi)

「私が~を与える」
δίδομεν
(dídomen)

「私たちが~を与える」
2人称 δίδως
(dídōs)

「あなたが~を与える」
δίδοτε
(dídote)

「あなたたちが~を与える」
3人称 δίδωσι(ν)
(dídōsi(n))

「彼(女)が~与える」
διδόασι
(didóasi)

「彼(女)たちが~を与える」

(2)τίθημι(tithēmi)[動詞](1人称・単数・現在)「私は~を置く」の活用

  単数 複数
1人称 τίθημι
(títhēmi)

「私が~を置く」
τίθεμεν
(títhemen)

「私たちが~を置く」
2人称 τίθης
(títhēs)

「あなたが~を置く」
τίθετε
(títhete)

「あなたたちが~を置く」
3人称 τίθησι
(títhēsi(n))

「彼(女)が~置く」
τιθέασι
(tithéasi)

「彼(女)たちがを~を置く」

細かい説明は第8回を参照していただければ幸いです。また -μι で終わる動詞には、繋辞動詞の εἰμί がありますが、これは例外的な活用をする動詞で、こちらの活用は第5回を参照してください。

今回の復習は以上になります。ここまで再度復習しながら、これまで1年近くの中で多くの文法事項を例文と共に学んだものだなぁ、と勝手に感慨深く思っていました(笑)。絶対に必要なものから、かなりマニアックなものまで、理解し記憶するのが簡単なものから、何のことだか分かりにくいものまで、まだまだ多くの文法事項が残っていますが、「例題と共に御言葉を読もう」というスタンスで、ゆっくりでも確実な一歩一歩を続けて歩んでいければと思います。

次回は、文法の説明や聖句講読ではなく、「今のギリシャで昔のギリシャ語はどのように発音されていて、聖書はどんな風に読まれている(音読されている)のか」について、現地ギリシャのお話をしたいと思います。次回も何卒よろしくお願い致します。

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宮川創

宮川創(みやがわ・そう)

1989年神戸市生まれ。独ゲッティンゲン大学にドイツ学術振興会によって設立された共同研究センター1136「古代から中世および古典イスラム期にかけての地中海圏とその周辺の文化における教育と宗教」の研究員。コプト語を含むエジプト語、ギリシャ語など、古代の東地中海世界の言語と文献が専門領域。ゲッティンゲン大学エジプト学コプト学専修博士後期課程および京都大学文学研究科言語学専修在籍。元・日本学術振興会特別研究員(DC1)。京都大学文学研究科言語学専修博士前期課程卒業。北海道大学文学部言語・文学コース卒業。「コプト・エジプト語サイード方言における母音体系と母音字の重複の音価:白修道院長・アトリペのシェヌーテによる『第六カノン』の写本をもとに」『言語記述論集』第9号など、論文多数。

福田耕佑

福田耕佑(ふくだ・こうすけ)

1990年愛媛県生まれ。現在、京都大学大学院文学研究科現代文科学専攻博士後期課程、日本学術振興会特別研究員(DC1)。専門は後ビザンツから現代にかけての神学を含むギリシャ文学および思想史。特にニコス・カザンザキスの思想とギリシャ歴史記述とナショナリズムに関する研究が中心である。学部時代は京都大学文学部西洋近世哲学史科でスピノザの哲学とヘブライ語を学んだ。主な論文に「ニコス・カザンザキスの形而上学と正教神学試論―『禁欲』を中心に―」『東方キリスト教世界研究』第1号など。