クルド系イラク人のキリスト者ジェイコブ・ナザールは、支援物資を運ぶ途中、IS(イスラム国)の武装集団に拉致された。モスル近郊の地下牢につながれた彼は、IS指揮官アブ・マリクから、改宗か死かの選択を迫られる。キリストへの忠信を貫く彼に、容赦ない拷問が加えられたのだ。これは、絶望の淵で神の栄光を見た男の真実の記録だ。(第1回から読む)
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「われわれが誰か分かるな?」アブ・マリクは恐ろしいほど落ち着いて尋ねました。私は黙ってうなずく他ありませんでした。「いいだろう」と冷徹な声で彼は続けました。
「われわれがクリスチャンをどう思っているか分かるな? われわれにとってお前らは犬以下だ。特にムスリムの改宗をたくらむやつらはな!」彼が携帯電話を取り出すと、血が凍りつくかと思いました。その画面には地元の兄弟たちと私が写っている写真、急ごしらえのドラム缶でサラに洗礼を授けている写真、食料品の中に隠した聖書を配っている写真などだったのです。
「われわれは至る所に情報提供者を配置している。分かるか? われわれは数カ月前からお前を狙っていたんだ。それがどうだ? お前の方から姿を現した。願ったりかなったりじゃないか。絶好の機会が訪れたというわけだ」
彼の残酷な笑みに戦慄(せんりつ)が走りました。彼らは単に監視していただけでなく、私の全ての一挙手一投足、連絡先までも知っていたのです。サラ、ラシード、私の拉致によって危険にさらされる多くの仲間のことを考えると、どんな打撃よりも心が痛みました。
「選択肢は2つだ」。アブ・マリクは冷たい声で迫りました。「お前の偽りの信仰を棄てて、イスラムに改宗し、仲間のことを喋るか、さもなければ想像もできないような方法でゆっくりと死ぬかだ」。私は深呼吸し、これから自分が下そうとしている決断の重さにたじろぎました。しかしその時、父のあの言葉が力強く脳裏に浮かんだのです。「もし、いつかキリストを否定するか死ぬかの選択を迫られるなら……」
「私の名前はジェイコブ・ナザール」。私は自分でも驚くほど冷静に答えました。「イエス・キリストに従う者です。私に命を与え、生きる目的を下さった方を否定することなど、私にはできません」
最初の打撃は警告なしにやってきました。みぞおちへの鋭い一発。息が止まり、次に顔面への痛打で唇が切れました。「ああ、分かっているとも。最初は皆そう言うんだ」。部下たちが殴り続ける間、マリクはあざ笑っていました。「苦痛の意味をお前が心底味わうとき、その堅物の信仰がどうなるのか見てみようじゃないか」
監禁生活の最初の夜、それはこれから起きることの前触れでした。食料も水もなく、完全な暗闇の中に放り込まれ、時折遠くから悲鳴が聞こえる。この地下牢に閉じ込められているのは私だけではないことが分かりました。孤独と痛みの中で、私は暗記していたあらゆる聖句を心の中で反すうしました。
「たとえ、死の陰の谷を歩むとも、私は災いを恐れません。あなたが私と共におられるからです」(詩23:4)。その谷は想像を絶する深さで暗いものでした。しかし神は、その極限の苦しみの中で、ご自身の並外れた方法で御力を現されるのです。しかし、その時の私には全く見当もつかないことでした。
窓も時計もない無限の暗闇の中で、時間は全ての意味を失いました。唯一の目安は、まるで機械のように規則正しく行われる儀式のような拷問と尋問でした。毎朝(あるいは朝だと思われる時間に)、ドアが開く金属音が響き、単調な声が、神を敬うように、またはムスリムの信仰告白シャハーダを唱えるようにと命じます。
「アッラーの他に神はなく、ムハンマドは神の使徒である」。監視員はその言葉を唱え、私が繰り返すのを待ちました。私の固く一貫した沈黙は、常にその日の最初の刑罰の合図でした。残酷なほどの正確さで背中に打ち下ろされる鞭は、5回から始まり、10回、最後には20回になりました。「お前の頑迷さはお前の苦しみを長引かせるだけだ」。ある時、私を訪れたアブ・マリクは冷淡にそう言い放ちました。
3日目までに、私の背中は開いた傷痕の地図のようになり、不衛生な環境のせいで化膿し始めているところもありました。熱が私に厚い霧のように襲いかかり、現実と幻覚の境目を曖昧にしました。そのような時、父が私の隣にひざまずいているのが見えたのです。父は、いにしえの聖徒たちの古代言語、アラム語で祈りをささげていました。
またある時は、改宗したサラの姿が浮かびました。彼女の受洗直後の輝く顔は、この戦いはなおも抵抗し続けるに値するものだと私を励ましたのです。与えられる水の量は、渇きを潤すには到底足りないが、体をかろうじて生かしておくには十分な量で、緻密かつ残酷に計算された量でした。(続く)
■ イラクの宗教人口 ※内線前の統計
イスラム 98・6%
プロテスタント 0・2%
カトリック 0・04%
正教会 0・3%
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