2019年2月16日07時06分

なにゆえキリストの道なのか(182)終末があるとすれば、それはいつか? 正木弥

コラムニスト : 正木弥

終末があるとすれば、それはいつか。また、どんな兆候があるのか。

終末はもちろんあります。初めがあったのですから、終わりもあるはずです。聖書は2千年前から「終わりの時が近い」と告げています。しかし、そうはなりませんでした。なぜなら、聖書は「近い」とは書いてありますが、それがいつであるか具体的には書いていません。「神の前では千年も1日のごとし」とも教えています。

現代も終末は近いといわれています。上のパターンからすれば、「終末は遠い先のことなんだ」「そもそも終末なんて来ないんだ」と考える人がいても不思議はありません。しかし最近、終末の兆候としての現象が顕著に見られるようになりました。ですから、やはり、終末は近いと言わざるを得ません。

終末の兆候として聖書が挙げる現象は次の通りです。

  1. まず、背教が起こり、不法の人即ち滅びの子が現れる。彼は、神・礼拝されるものに反抗し、神の宮の中に座を設け、自分こそ神であると宣言する。
  2. 不法の人が現れる。あらゆる偽りの力、しるし、不思議、悪の欺きが行われる。
  3. 人々が自分を愛する者、金を愛する者、汚れた者になる。
  4. あざける者たちがやってきてあざけり、自分たちの欲望に従って生活し、「キリストの来臨の約束はどこにあるのか。何事も創造の初めからのままではないか」と言う。
  5. 不敬虔な欲望のままにふるまう、あざける者たちが現れる。
  6. 人々が大勢つまずき、互いに裏切り、憎み合う。
  7. 不法がはびこるので、多くの人たちの愛が冷たくなる。
  8. 偽キリストや偽預言者たちが現れて選民(信徒)をも惑わそうとして、大きなしるしや不思議なことをして見せる。
  9. 戦争や暴動が起こり、民族は民族に、国は国に敵対して立ち上がる。方々に地震があり、飢饉も起こる。恐ろしいことや天からのすさまじい前兆が現れる。

どうでしょうか。全部ではないが、かなり実現しているといえないでしょうか。聖書では具体的に何年何月というふうには書いていません。むしろ、「その日その時はいつであるかは、だれも知りません」とあります。

終わりが来ることは間違いないようです。そして、来るときは“急に来る”のです。「思いがけない時に来るのですから、目をさましていなさい。用心していなさい」と勧めています。

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正木弥

正木弥

(まさき・や)

1943年生まれ。香川県高松市出身。京都大学卒。17歳で信仰、40歳で召命を受け、48歳で公務員を辞め、単立恵みの森キリスト教会牧師となる。現在、アイオーンキリスト教会を開拓中。著書に『ザグロスの高原を行く』『創造論と進化論 〜覚え書〜 古い地球説から』『仏教に魂を託せるか』『ものみの塔の新世界訳聖書は改ざん聖書』(ビブリア書房)など。

【正木弥著書】
『仏教に魂を託せるか 〜その全体像から見た問題点〜 改訂版』
『ものみの塔の新世界訳聖書は改ざん聖書』
『ザグロスの高原を行く イザヤによるクル王の遺産』(イーグレープ)
『創造論と進化論 〜 覚え書 〜 古い地球説から』
『なにゆえキリストの道なのか』

【正木弥動画】
おとなのための創作紙芝居『アリエルさんから見せられたこと』特設ページ