2018年8月19日17時24分

なにゆえキリストの道なのか(156)人は善い行いをしないと救われないのか 正木弥

コラムニスト : 正木弥

人は善い行いをしないと救われないのか。

「あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。行いによるのではありません。だれも誇ることのないためです」(エペソ2:8、9)

人は、なかなか善行ができません。すると、多くの人は救われないことになります。仮に、いささかの善行ができたにせよ、それの何倍かの罪を犯しています。善行は到底、罪を帳消しにするものではありません。また、善行ができた人は自分の力を意識します。それが、自分の行いによって救われるとの誤解を引き起こしています。それは神に対する不遜でもあります。

ですから、その人が自分のありさまをどう思おうとも、神は「行いによるのではない」と宣告しているのです。御子イエス・キリストの十字架の犠牲という恵みの手段を通して救おうとされたのでした。

善行が救いをもたらすのではなく、救われた人が善行をなし得るようになるのです。

救われるために善行をしようと焦る必要はさらさらありません。神が定めた救いの方法をとればいいのです。それは、イエス・キリストが人間の罪の身代わりとなってくださった十字架の犠牲を信じる信仰です。善い行いができなくても、救われるのです。

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正木弥

正木弥

(まさき・や)

1943年生まれ。香川県高松市出身。京都大学卒。17歳で信仰、40歳で召命を受け、48歳で公務員を辞め、単立恵みの森キリスト教会牧師となる。現在、アイオーンキリスト教会を開拓中。著書に『ザグロスの高原を行く』『創造論と進化論 〜覚え書〜 古い地球説から』『仏教に魂を託せるか』『ものみの塔の新世界訳聖書は改ざん聖書』(ビブリア書房)など。

【正木弥著書】
『仏教に魂を託せるか 〜その全体像から見た問題点〜 改訂版』
『ものみの塔の新世界訳聖書は改ざん聖書』
『ザグロスの高原を行く イザヤによるクル王の遺産』(イーグレープ)
『創造論と進化論 〜 覚え書 〜 古い地球説から』
『なにゆえキリストの道なのか』

【正木弥動画】
おとなのための創作紙芝居『アリエルさんから見せられたこと』特設ページ