2018年2月10日22時39分

なにゆえキリストの道なのか(129)人は最後に死ぬのにどうして一生懸命に生きるの? 正木弥

コラムニスト : 正木弥

人は最後に死ぬのにどうして一生懸命に生きるの?

死のかなたに何も見ていない人、死んで終わりだと考えている人は、この世のことに熱心になるほかありません。この世でもっと楽しみたい、良い評価を得たい、何かを積み上げたい、あるいは積み上げたものをより大きくしたい、という願望で熱心になるのでしょう。しかし、この世で得たもの、積んだものは何1つ死のかなたへ持っていくことはできません。積み上げたものは、死のその時から、徐々に、あるいは急速に崩れていくのです。

“先”に希望のない人は往々にして、一生懸命に生きることができません。むなしさ感にとらわれたり、やたら欲望の充足を求めたり、趣味に没頭したりの人も多いですね。

ところが、キリストの神様は、信じる者に、死後のいのち・永遠の人生を約束してくれています。すべて、人の人生は、決して肉体の死で終わるものではありません。この世の人生をどう生きたかに従って、ある人はパラダイス経由で天国に行き、永遠のいのちに生き続け、ある人はハデス(よみ)経由でゲヘナへ行くことが定められています。この世の人生はそのどちらに行くかを決める所・その時であって、大変重要な場です。ですから、一生懸命にならなければなりません。この世の人生は死で終わるのでなく、“先”(来生)があるのでそれを見通し、今、奮闘して生きねばなりません。

例えていうなら、この世の人生は学校みたいなものです。そこできちんと勉強し、卒業すれば、就職の道が開かれるのです。学校生活は本来遊ぶ場ではありません。一生懸命に学ぶ時です。

神は永遠の存在です。この神に関わるものだけが残ります。イエスも言っておられます、「心を尽くし、精神を尽くし、知力を尽くして、主なる神を愛せよ」と。一生懸命に、キリストの神様のために生きるべきであります。

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正木弥

正木弥

(まさき・や)

1943年生まれ。香川県高松市出身。京都大学卒。17歳で信仰、40歳で召命を受け、48歳で公務員を辞め、単立恵みの森キリスト教会牧師となる。現在、アイオーンキリスト教会を開拓中。著書に『ザグロスの高原を行く』『創造論と進化論 〜覚え書〜 古い地球説から』『仏教に魂を託せるか』『ものみの塔の新世界訳聖書は改ざん聖書』(ビブリア書房)など。

【正木弥著書】
『仏教に魂を託せるか 〜その全体像から見た問題点〜 改訂版』
『ものみの塔の新世界訳聖書は改ざん聖書』
『ザグロスの高原を行く イザヤによるクル王の遺産』(イーグレープ)
『創造論と進化論 〜 覚え書 〜 古い地球説から』
『なにゆえキリストの道なのか』

【正木弥動画】
おとなのための創作紙芝居『アリエルさんから見せられたこと』特設ページ