2016年11月22日22時43分

【童話】星のかけら(13)アルムのなやみ・その2 和泉糸子

コラムニスト : 和泉糸子

ユキトはパソコンを開きました。誕生日のお祝いに中古のノートパソコンをもらってから、調べ物をするときはいつも自分のパソコンを使うことができるので、調べるのもうまくなっていました。

インターネットのヤフーのホームページを開いて、色川茶と入れてみました。そうすると「色川茶業組合」というのがのっていたので、クリックすると、お茶の写真の下に電話番号と住所が書かれていました。和歌山県なんだ、ずいぶん遠くだなと思ったけれど、住所と電話番号をメモしました。

そして、翌日の夕方、ユキトは思い切って電話をかけました。「もしもし、ちょっとお聞きしますが、友達が旅行中にお世話になった人にお礼を言いたいので探しているのですが、その人から色川茶をもらったので、そちらに聞いたら分かるかと思って。カンサイさんという牧師さんなんですが」

「ちょっと待ってもろうていいですか」と女の人に言われてしばらく待つと、男の人に代わって「その人ならナチカンサイさんいう人で都留(つる)市のましみず教会の牧師さんやと思うけど」という返事でした。「ありがとうございます」と言って電話を切ると、またパソコンを開いて「ましみず教会 都留市」と入れると、教会のホームページにヒットしました。

そこには、やさしそうな目をしたカンサイさんの写真があり、丸太を組み合わせて作ったような教会堂の写真とツリーハウスの写真がのっていました。ツリーハウスもあるんだとユキトはうれしくなりました。

教会堂もぼくたちの秘密きちのログハウスに似ているし、会ったこともないカンサイさんに親しみを感じて、思い切って手紙を書くことにしました。早速アルムに知らせると、飛んで来て、ホームページの写真を見て、カンサイさんだ、元気なんだと大喜びしました。

1週間ほどたって、カンサイさんから返事が来ました。毎日学校から帰ると、メールボックスに飛んでいき、カンサイさんの返事を待っていたユキトは、大急ぎで手紙を開けました。そこにはこんなことが書いてありました。

「幸音(ゆきと)くん、お手紙ありがとう。君があのアルムやグリーやブランの友達だとはびっくりしました。またビタエさんにも会って、小人の国にまで行ったなんて、ほんとにおどろきました。実はあの3人とも、不思議な神様のみちびきで、私が仲間のところに連れていく役わりをしたのです。そのことはお会いしたときにくわしくお話しましょう。

月山満画伯のことや、ビタエさんと月山常雄さんの友情(ゆうじょう)、また君たちの冒険のこともうれしくお聞きしました。君たち3人組にもぜひ会いたいです。月山画伯のアトリエも見たいし、メルヘン美術館にも行ってみたいと思っています。

きみのおじさんの大森伊佐久(いさく)牧師は、私の神学校の少し後輩(こうはい)に当たるのです。君が大森牧師のおいだというのも不思議なことに思えました。

近いうちに機会を見つけて、大森牧師をお訪(たず)ねしたいと思います。その時にぜひ幸音くんと俊介(しゅんすけ)くんと健太くんに会いたいです。

アルムのお父さんのことは私もずっと気になっていました。和歌山のおチカさんというのは、実は私の母なのです。母も気にかけていましたが、見つけることができずに十年もたってしまいました。

一つ、本腰(ほんごし)を入れてお父さん探しをしないといけないなあと君の手紙を見て思いました。また連絡します。携帯の番号を教えてもらったので、電話するかもしれません。わたしの携帯番号もお教えしておきます。

君たち3人組と小人の3人組の上に神様の祝福がゆたかにありますようお祈りしています。

那智侃斎(なちかんさい)」

手紙をもらった次の週に、おじさんから電話がかかってきました。

「那智侃斎牧師がこちらに来られるそうだ。ぜひユキトくんとシュンスケくんとケンタくんに会いたいという伝言だった。カンサイさんとどこで知り合ったの?」

「まだ会ったことが無いけど、友達が世話になったというので、インターネットで調べて手紙を書いたら、返事をもらったんです」と、ユキトは答えた。

「なんだかよく分からないけど、カンサイさんはいい人だから紹介するよ。ちょうど県民の日で学校も休みだろうから泊まりがけで来なさい」

そういうことで、またユキトは電車に乗っておじさんの家に出かけました。翌日の朝、カンサイさんが大きなキャンピングカーに乗って教会にやってきました。食事を作る場所もあり、ベッドもあります。3人組は、キャンピングカーの中を見せてもらって、こんな車で旅をするのは楽しいだろうなあと思い、カンサイさんのことをすっかり尊敬(そんけい)してしまいました。

アルムの言った通りの人でした。背が高くて、大きなすんだ目をしていて、声は低く、でもやさしいひびきで、初めて会ったのに、なんだかなつかしい人のような気がします。不思議な人でした。

3人組がキャンピングカーに夢中(むちゅう)になっている間に、カンサイさんはおじさんと話をしている様子でした。しばらくしたら、「これからいっしょに山の家に行くから」というおじさんの声がしました。

「この車で行きたいなあ」と、おそるおそる言うと、「いいよ、みんな乗りなさい」とカンサイさんが言いました。「大森牧師もいかがですか」「それじゃあ、わたしも」という声がして、5人で山の家に行くことになりました。

「大切なことだから、ぼくが小人たちのことを大森先生にお話しました。先生は事情(じじょう)を分かってくださって、秘密を守ること、そして君たちに協力してくださることを約束してくださいました。先生は君たちの冒険を見守ってくださる、そして相談があるときには、助けてくださる。でも、できるだけ自分たちの力で、やれることはやるように。君たちにはアドベンチャー、冒険をする力があたえられているのだから。それは分かりますね」と、カンサイさんは言いました。

この人はカンサイさんとよぶのが一番いい人だと、ユキトは思いました。

アドベンチャー・・・冒険。そうか、ぼくたちがしようとしているのはアドベンチャーなんだ、小人との思いがけない出会いは、ぼくたちの心の中に冒険する力が生まれ、育つためなのだと、3人の子どもたちは、カンサイさんの話を聞いて、初めて思わせられました。

カンサイさんがカーナビに山の家の住所を入れて、助手席におじさんが乗って、3人組はソファでくつろぎながら、アドベンチャーに向かってドライブを楽しみました。ログハウスに入るとカンサイさんは、木のはだざわりを楽しむように、一つ一つの丸太にさわり、「いい家ですね」と言いました。そして、ピアノのふたを開けて、さんびかをひきました。

上手なえんそうとは言えませんでしたが、心のこもったえんそうのように思えました。「屋根が高いから音のひびきがいいねえ」と言い「君たちもひいてごらん」と言いました。ケンタが子どもさんびかをひきました。「うまいじゃない」。カンサイさんがほめました。ユキトもつられて「チョウチョ、チョウチョ、ナノハニトマレ」と右手だけでひいてみました。

おじさんがペットボトルのお茶を持ってきてくれたので、一息ついて、みんなでアトリエに向かいました。

「この下に地下室があるんだね。ぼくたちも小人の家をほう問させてくれるかい」。カンサイさんは、3人組にきちんと頼みました。3人組はうなずいて、ユキトとケンタがじゅうたんをめくり、シュンスケが地下室へのカギを開けて階段を下り、カンサイさんとおじさんが続いて、5人は地下室の小人の家あとにおりたちました。

「実はきのう、ビタエさんと話をしました。大森牧師をほう問すること。君たちとも会うこと。山の家に行って地下室のビタエさんの昔の家にもおじゃますること。アルムが行方不明のお父さんを探したいと思っていること。そしてユキトくんに、ぼくを探してほしいとたのんだこと。子どもたちだけでは手にあまると思って、事情を大森牧師にお伝えしようと思っていること。そういうことをみんな、ビタエさんは分かってくれました。それで、今日はこの場所にビタエさんが来てくれることになっています。ビタエさんの昔の住まい。なつかしい場所に行きましょう。ユキトくん、教えてください」

カンサイさんの話を聞いて、ユキトは先頭に立って、地下室の奥のアコーディオン・ドアを開けました。すると、小人の家のソファにビタエさんとアルム、ブラン、グリーがすわっているのが見えました。

子どもたちは子どもたち同士でうれしくなっておしゃべりを始め、カンサイさんはビタエさんとひさしぶりの対面をなつかしがっています。大森牧師だけが、おどろいた顔をかくそうともせず、きょろきょろと周りを見回していました。

けれど、もともと、物静かな落ち着きのある人なので、だんだんに周りの様子が分かってくると、紹介(しょうかい)されてビタエさんと話し始め、月山常雄さんの、このところの様子などを心配そうに報告(ほうこく)しはじめました。(つづく)

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和泉糸子

和泉糸子

(いずみ・いとこ)

1944年生まれ、福岡市出身。65年、福岡バプテスト教会で受洗、後に日本基督教団の教会に転入し、Cコースで補教師試験に合格。96年より我孫子教会担任教師、2005年より主任担任教師となり、20年間在職。現在日本基督教団隠退教師。九州大学文学部卒業。東京都庁に勤務後、1978年より2002年まで、船橋市で夫と共にモンテッソリー教育を取り入れた幼児教育や、小中学生対象の教えない教育という、やや風変わりな私塾(レインボースクール)を運営。(2017年7月17日死去、プロフィールは執筆当時のものです)

【執筆者からのコメント:童話「星のかけら」は、小学生の孫のために書いたものですが、教会学校の子どもたちが少なくなっている今、お話を通して教会や神様に少しでも出会える場が与えられればうれしいです】