2016年9月13日10時50分

【童話】星のかけら(3)冒険のはじまり・その3 和泉糸子

コラムニスト : 和泉糸子

「人の子たちよ」と、その不思議な人がよびかけました。その人は小人だったのです。お話の絵本に出てくるような曲がった鼻もしていませんし、赤黒い顔もしていません。白いひげも生えていません。両手の親指を合わせてまっすぐのばしたより少し大きい位の、小さな男の人ですが、きりりとした顔立ちをしています。

小人って本当にいるのだなあ。びっくりした。お話の中に出てくるだけかと思っていたのに。ユキトは、その人になんと言っていいのか分かりません。でも、よびかけられたのだから、返事をしなくては失礼になるかなあと思いました。シュンスケもケンタも声が出ません。

だまったままで子どもたちが顔を見合わせ、どうしようかとなやんでいますと、「人の子たちよ、わたしたちを助けてはくれまいか。正しい心と勇気を持つならば」と、その人が重々しい声で言ったのです。

小人の声は体のわりには大きなひびく声でした。塔のてっぺんは音のひびきがいいのかもしれませんけどね。

正しい心、勇気・・ぼくたちにあるだろうか。お化けがこわくて、悪魔が出てきたらどうしようと思っていたのに、小人に会うなんて。夢(ゆめ)を見ているのだろうかと、子どもたちは思いました。

「なにかおこまりなのですか」。ユキトはせいいっぱいていねいな言葉を使って、勇気を出して、小人にたずねました。「ぼくたちにできることですか」。シュンスケが言うと、「勇気がなくてもいいのかなあ。ぼくはこわがりだし」。ケンタも言いました。「それに正しい心を持っているかどうか、分からないし」。ユキトも心の中でつぶやきました。

鐘の音がだんだん大きくなり、そして、あたりがボオッと明るくなり、一すじの道が見えてきました。にじのように七色ではないけれど、空にかかった橋のようなやわらかい色をした道です。

「人の子たちよ、この道を通って来てください。わたしの後について」

小人が言うと、「行きます。でも、ぼくたちは人の子ではなく、ちゃんと名前があります。ぼくはユキト、そして」と言いかけると、シュンスケもケンタも自分の名前を言いました。

小人は笑って言いました。「ではユキト、シュンスケ、ケンタ。わたしの後について来てください。わたしの名前はビタエと言います」

そして、「いいですか、この道は選ばれた者にしか見えない道です。あなたがたにはこの道が見えますね」と3人に聞きました。

「見えます」「きれいな色の道ですね」「どこまで続いているのですか」。口ぐちに言うと、「それならば、あなたがたは選ばれた者なのです。そして、この道は正しい心と勇気を持った者しか通ることのできない道なのです」と、ビタエと名乗った小人は重々しく言いました。

そうやって、3人は小人の国に来ました。あの道が見えて、通れたのですから、小人のビタエが学校の先生でしたら、君たちは正しい心と勇気を持っていますと二重丸をつけてくれたことでしょう。でも、本当にぼくたちは正しい心を持っていて、勇気もあるのだろうかと3人とも自信がありませんでした。

算数の計算なら答えがあっていると自信を持てても、読書感想文を書くときには、これでいいのだとは思えませんね。それ以上に全然自信がないことでした。

3人は、おそるおそる周りを見回しました。こわい動物が出てきたらどうしよう。お化けが出てきたらどうしよう。でも、ちょっと見たところ、大きな動物はいないようです。犬やねこもいないし、小鳥さえいません。

背の低い木が生えていますし、花も咲いています。ちょうちょが花の上をひらりひらりと飛びまわっているのがただ1つ見かけた生き物でした。空には雲もありました。でも夜のはずなのに月も星もなく、少しも暗くないのです。それに、ほかの小人たちはかくれているのか姿(すがた)を見せません。小さな家はあちこちに見えるのに。

きょろきょろ見回していると、「ここです。この大きな池の水をくみ出してほしいのです。わたしたちには大きすぎて、やっても、やっても無理でした。あなたたちの力が必要なのです。助けてください」というビタエの声がしました。

それは池というよりも、保育園(ほいくえん)の庭に置いて遊ぶ大きめのビニールプールくらいでしたけれど、くみ出し始めると底が深いことが分かりました。

3人はお砂遊びのバケツのような小さなバケツに水を入れては、ビタエに教えられた場所まで運んでせっせと水をまきました。

いつの間にかビタエの姿は見えなくなり、木のかげになんだか動いている姿のようなものが見えかくれしていました。

そうやって、ようやく池の底が見えてきますと、そこにはいろんな絵がかいてある卵(たまご)がぎっしりとつまっていたのです。(つづく)

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和泉糸子

和泉糸子

(いずみ・いとこ)

1944年生まれ、福岡市出身。65年、福岡バプテスト教会で受洗、後に日本基督教団の教会に転入し、Cコースで補教師試験に合格。96年より我孫子教会担任教師、2005年より主任担任教師となり、20年間在職。現在日本基督教団隠退教師。九州大学文学部卒業。東京都庁に勤務後、1978年より2002年まで、船橋市で夫と共にモンテッソリー教育を取り入れた幼児教育や、小中学生対象の教えない教育という、やや風変わりな私塾(レインボースクール)を運営。(2017年7月17日死去、プロフィールは執筆当時のものです)

【執筆者からのコメント:童話「星のかけら」は、小学生の孫のために書いたものですが、教会学校の子どもたちが少なくなっている今、お話を通して教会や神様に少しでも出会える場が与えられればうれしいです】