2016年3月3日08時02分

温故知神—福音は東方世界へ(41)日本に景教を紹介した人物たち・その3 川口一彦

コラムニスト : 川口一彦

景教碑を高野山奥の院に建てたゴードン女史について

ゴードン(1851~1925年)はエリサベツ・アンナ・ゴードンといい、日本に帰化して耶利沙伯・安那・戈登と日本名を付けました。彼女は真言宗の開祖の空海が高野山に密教寺院を開創するのに、中国で盛んに伝道していた景教の影響があると考え、高野山奥の院に1901(明治44)年、中国西安にある景教碑よりやや大きな模刻碑を建てました。石は仙台から移送したものですが、字彫りの出来栄えは西安碑と違い上手くはありません。

温故知神—福音は東方世界へ(40)日本に景教を紹介した人物たち・その3 川口一彦

彼女の家系には議員や聖職者がいて、その関係から1870年代に比較宗教学者のマックス・ミュラー教授に接して日本に憧れを抱き、1891年に来日。当時は日英関係が盛んで、英国の図書を日比谷図書館他に寄贈し、英国事情を広め日英親善に尽力しました。

1919年にも来日しましたが、思想的に密教に傾斜し、キリスト教から離れて密教の灌頂(かんじょう)を受け、密教信者に転向していきました。これを佐伯好郎は嘆きました。晩年、京都のホテルで死を迎えたといわれ、その墓碑銘が模刻碑の右に置かれています。

私は2001年に、この碑の前面と裏面と側面、墓碑銘を許可を得て拓本しました。その一部を貼り付けしました。全体の拓本や寸法など、詳しくは、拙著改訂新装版『景教—東回りの古代キリスト教・景教とその波及—』(イーグレープ発行、アマゾンでも入手可能)に書きました。

温故知神—福音は東方世界へ(40)日本に景教を紹介した人物たち・その3 川口一彦

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川口一彦

川口一彦

(かわぐち・かずひこ)

愛知福音キリスト教会(日曜と火曜集会)ならびに名古屋北福音キリスト教会(水曜集会)の宣教牧師。フェイスブックで「景教の研究・川口」を開設。「漢字と聖書と福音」「仏教とキリスト教の違い」などを主題に出張講演も行う。書家でもあり、聖書の言葉を筆文字で書いての宣教に使命がある。大学や県立病院、各地の書道教室で書を教えている。基督教教育学博士。東海聖句書道会会員、書道団体以文会監事。古代シリア語研究者で日本景教研究会代表。特に、唐代中国に伝わった東方景教を紹介している。著書に『景教—東回りの古代キリスト教・景教とその波及—』など。