前回は、久保有政先生への対談インタビュー動画の中から、使徒トマスのインド宣教が大乗仏教に与えた影響について、久保先生の見解を紹介した。今回はさらに話を進め、中国での大乗仏教の展開にもキリスト教の影響が及んだとする先生の見解を紹介する(一部読みやすいように修正した上で紹介させていただく)。
*
【使徒トマス、宣教の軌跡】
山崎:使徒トマスというと「疑い深いトマス」で有名です。その彼が復活のキリストに会った後、インドまで宣教に行ったという話だったと思いますが、どのような軌跡が残っているのでしょうか。
久保:まずは、インドのチェンナイという所に、使徒トマスの墓があります。そして、ケララ州では人口の約25パーセントがクリスチャンなのです。今もそこに行くと、イエス・キリストの脇腹に手を差し伸べようとしているトマスが、復活のイエスを信じて「わが神、わが主よ」と呼んだ場面を銅像にしたものがあります。
昔から、南インドとイスラエルは交流があり、ソロモンの時代には南インドとの貿易が盛んだったことが歴代誌に書かれています。ですから、あの辺りには紀元前の時代からイスラエルの人々がたくさんいました。そして、使徒トマスはそのユダヤ人に福音を宣(の)べ伝えたいという思いがあったのだと思われます。彼はそこで7つの教会を立てたといわれています。
その後、さらに中国の北京辺りまで行ったといわれています。そして、またチベットを通り、インドに戻って亡くなり、先ほどの墓があるということです。ですから、かなり広い範囲を伝道したのです。
山崎:使徒パウロは、欧州まで宣教に行きましたが、もしも本当に使徒トマスが中国まで行ったとすると、もしかしたらパウロよりも長旅だった可能性すらあるかもしれませんね。
久保:そうですね。
【中国における景教隆盛と日本への伝播】
山崎:さて、インドで発展した大乗仏教が、今度は中国の方に伝わったということですが、この中国での大乗仏教の展開というのはどういう形だったのでしょうか。
久保:景教(ネストリウス派キリスト教)の人たちが、600年代(唐の時代)に中国の長安の都にやって来て、太宗皇帝から布教許可をもらうわけです。そして、彼らはあちこちに「お寺(景教の教会)」をつくり、「主イエスの御名を呼び求める者は誰でも救われます。どんなに罪汚れがあったとしても、イエスを救い主として呼び求めるならば救われます」と説いて回るわけです。
彼らが最初に教会をつくった長安の都に、善導というお坊さんがいました。この人は阿弥陀仏信仰を持った人です。その人が景教徒の教えを聞いて、仏教の中に取り入れるべきだとなり、阿弥陀仏の名前を唱えるだけで救われるということを本の中に書いていき、「6つの文字だけでいいのだ」と説くわけです。それが「南無」と「阿弥陀仏」という6つの文字です。
その本を日本にいる法然が読むわけです。法然は浄土宗の開祖です。その人が「これだ」と思うわけです。彼は「南無阿弥陀仏」の念仏ということを始めます。単に心の中で唱えるだけでいいのだと。
その弟子が親鸞という人です。親鸞は「善人なおもて往生を遂ぐ、いわんや悪人をや」と言って、善人が浄土に入ることができるのであれば、悪人はもっと入れるのだという、これはもう聖書の教えそのものだと思いますが、そういう教えを感じ取っていくわけです。
<補足:親鸞の「悪人正機説」とイエスの言葉>
ここで久保先生は、親鸞の「悪人正機説」を、聖書の教えそのものだと語られたが、私も以前から同じ感覚を抱いていた。この点は、第2回「悪人正機説の起源」で書かせていただいたが、イエスはこのように教えている。
丈夫な人には医者はいらない。いるのは病人である。わたしがきたのは、義人を招くためではなく、罪人を招くためである。(マルコ2:17、口語訳)
ここでいう「正しい人」とは、自力で善人になろうとしている人のことだ。キリストは、自らを正しい人と自認していた律法学者やパリサイ人たちを、厳しく戒めた。そして、自ら義人(善人)となり得ないことに気付き、自分の罪を告白して神に頼る者たちを喜んで受け入れてくださると教えた。
まさにこれは、道徳水準の高い人よりも、自分が悪人だと認めて大いなる存在に頼る人こそが救われるという「悪人正機説」が持つ逆転的救済論と通底している。
さて、引き続き久保先生が、「お盆」の起源、景教(ネストリウス派)の正当性などについて詳しく解説してくださったので、本編に戻りたい。
【お盆の起源】
久保:例えば日本では、「お盆」という死者を弔う習慣があります。これは、中国の仏教から始まったものです。しかし、中国における景教の影響を受けて、仏教のお寺で始まったものなのです。ですから、インドにはお盆の風習がありません。日本では、お盆が仏教の教えだと完全に思い込んでいますが、お釈迦(しゃか)様の教えにはないわけです。
実は、元々お釈迦様は、(解脱し、涅槃[ねはん]に入るためには)「出家」しないといけない、家族に関わってはいけない、奥さんも捨てなさい、兄弟も姉妹も捨てなさい、死者にも関わってはいけない、先祖供養や葬式もしてはいけないと言ったのです。
山崎:お釈迦様は、身内や家族、あるいは亡くなった方への愛情といったものさえも悟りの妨げになる「執着(渇愛)」であると説かれ、世俗の人間関係から完全に離れて修行に専念することを命じたといいますよね。
久保:はい。しかし、中国は先祖を非常に大切にする社会です。儒教の影響もあり、「先祖をないがしろにする教えは受け入れられない」という考えが強くありました。そのような中で景教は、中国人の価値観にフィットしたのです。
「景教碑」には、景教徒たちが「日に7回、生ける者と死せる者のために祈った」と記されています。彼らは死者や先祖たちにも神の恵みが注がれるよう、日々祈りをささげていました。
そういう姿を中国の人たちが見て「素晴らしいな」と思ってくれたのです。そして「これは何とか仏教の教えの中にも取り入れなければ」と考えて、中国のあるお坊さんが初めて「お盆」、つまり死者に対する先祖供養というものを始めるわけです。
それがお盆の起源で、日本にも入ってきて、後に盆踊りなどの風習になっていくわけです。
【景教は異端か? プロテスタントとの類似性】
山崎:なるほど。ところで、景教(ネストリウス派)というと、一般の方にはちょっと耳慣れないかもしれないのですが、これは正統的なキリスト教とは異なる、追放されたグループということなのでしょうか。
久保:景教は「異端だ」と書く本があるので、そう思い込んでいる人も結構いますが、景教は異端ではありません。431年(エフェソス公会議)の時に、ローマ・カトリック教皇は景教の人たちを異端と呼んだわけです。ですから、異端と呼ばれたことは事実ですが、異端と呼ばれたら異端かというと、そうではありません。
どちらかというと景教は、プロテスタントに近いキリスト教でした。後に中国で景教の経典が発見されていますが、その景教の経典をいろいろ読んでも、異端的な言葉というのは一切ありません。三位一体の神を信じる正統的な教えです。
*
愛について
久保先生は、初期仏教が家族や亡くなった方々と関わらないように教えていると解説されたが、ここで「愛」についての両宗教の捉え方を整理しておきたい。
これは、前回紹介した仏教の専門家の方々も述べていたことだが、初期仏教は、家族への「愛」でさえも悟りの妨げになると教えていた。なぜなら、渇愛を抱くことは「愛別離苦(四苦八苦の一つ)」につながると捉えていたからだ。
それに対して聖書は、神から与えられる「愛(アガペー)」によって人は変えられていくと教える。日本語ではどちらも「愛」と訳されるが、その意味(捉え方)は大きくベクトルが異なるということだ。
そうはいっても、仏教が冷たい教えであるということではない。仏教では、大いなる存在からの普遍的な恩寵という文脈では「慈悲」という言葉が使われている。そのため、これらの言葉の意味合いをきちんと整理することが、両者の教えの本質をつかむ上で大切になってくる。
終わりに
今回は、使徒トマスのインドにある銅像や墓、インドや中国への宣教の軌跡、お盆の起源、景教による大乗仏教への影響と異端性の有無などを久保先生に解説していただいた。詳しくは、久保先生の新刊『仏教もキリスト教もよくわかる本』に書かれているので、ぜひ一度手に取っていただきたい。
また、今回の記事の元である対談インタビュー動画(動画:【久保有政氏に訊く】仏教とキリスト教の繋がり|阿弥陀仏・他力救済・景教の謎)も公開している。さらに理解が深まると思うので、こちらもぜひ視聴していただきたい。
◇