
イエス・キリストと出会って以来、ミュラーは日曜日と、週に1、2回欠かさず「ワグナー家の集会」に顔を出すようになり、そこに集まるクリスチャンたちと一緒に祈り、また語り合うのが楽しみになってきた。
(自分は大学で「聖書学」や「説教学」を学んでいるが、そうした知識によって信仰を得たのではない。あれは確かにイエス様があの場で自分と出会ってくださったのだ)
彼はしばしばこう考え、それは終生変わることがなかった。そして彼は、信仰が成長するに従って、将来自分はルター派の教会の牧師になるのではなく、まだ一度も福音を聞いたことのない国々に宣教師として行きたいと考えるようになった。
そこで父親のヨハン・フリードリッヒ・ミュラーに、かつての親不孝をわびるとともに、海外宣教師となりたい旨を手紙で書き送った。ところが、予想に反して父親は非常に激怒し、断じてこれを認めないと断言して、次のような通告を送りつけてきた。
「……おまえをルター派の教会の牧師としたいからこそ私は高い授業料を払って大学に行かせたのだ。それでなくても家族にさんざん迷惑をかけ、親の顔に泥を塗ったおまえが、何の肩書も持たずに海外に宣教に行ったところで、どうなるというのだ。これ以上、私に恥ずかしい思いをさせないでほしい。ただちにこの計画を撤回するか、それを受け入れられないなら、今後はおまえとは親子の縁を切るから、そう思うがいい」
その後、ミュラーは故郷ハイメルスレーベンに帰って父親と話し合ったが、両者はどちらも譲歩せず、ついに彼は勘当ということになってしまった。彼はまたもや大学の学費や生活費を得る道を断たれてしまったのである。
彼は悩んだ末、ワグナーの集会で初めて覚えたように、ひざまずいて祈りをささげた。
「主なる神様、あなたは全てご存じです。救われた私が海外宣教のために献身するのは御心であると信じます。それなのに父から勘当されたので、今後大学で学ぶことも、生活の糧を得ることもできなくなりました。どうしたらいいでしょうか。ただひたすら、あなたのお助けを待ちます」
すると、不思議なことが起きた。この時、米国から数人の神学者たちがハレ大学に客員教授として招かれたのだが、多国語を使いこなせるミュラーが彼らの講義の通訳やパンフレットの翻訳などをするよう大学側から依頼されたのである。
そして何と、学費と生活費がまかなえるだけの費用が与えられたのだった。「神様、あなたは困窮者の祈りに応え、これを助けられます!」思わずミュラーは叫び、感謝するのだった。
不思議な神の導きは、さらに続いた。その翌日、ハレ大学の教授の一人が、こう声をかけたのである。
「ミュラー君。グラウハの町にフランケ教授の『孤児の家』があるが、ちょうど施設の中に空室ができたので学生寮として貸したいということだが、移ったらどうかな。宿泊は無料だということだ」
かつてハレ大学の教授だったアウグスト・ヘルマン・フランケ教授は、クラウハに「孤児の家」を建て、多くの身寄りのない子どもを引き取り、隣に生活困窮者の支援施設や学校、印刷所、薬局、そして礼拝堂なども造り、そうした施設を一つにまとめて「フランケ学園」と呼ばれる事業を起こしたことで、社会事業家として名を知られていた。
ミュラーはここに3カ月の間住まわせてもらうことにした。その日彼は、初めて「孤児の家」を訪ねた。大きな門を入るや、彼は驚きと感動のあまり言葉を失った。そこには広い庭が広がり、多くの子どもたちが保育士たちと遊びたわむれている姿があった。
彼らは健康そうな赤い頬をしており、歓声を上げてボールを追いかけていた。皆清潔そうな白と青の縞模様の制服を着ている。
そのうちに、庭の右側の礼拝堂からは、少し大きな年の子たちが賛美歌を歌う声が響いてきた。「イエス様と共に」という歌だった。やがて昼になると、子どもたちが二列に並んで食堂と思われる大部屋に入っていくのが見えた。
中からはカチャカチャと食器を並べる音に交じって、スープのいい香りが流れてきた。それから、彼らの元気な声が響いてきた。
「神様、今日も私たちにパンやおいしいスープをありがとうございます」。そして、にぎやかに食事をする音が響いた。
子どもたちの施設といえば「救貧院」しか知らなかったミュラーは、夢を見ているような気がした。そこでは、汚らしい格好をした子どもたちが、色の付いている程度で実のないスープを入れた皿を奪い合うようにして飲んでいた姿を思い出したからであった。
*
<あとがき>
学友の導きで「ワグナー家の集会」に出席し、回心を体験したミュラーは、一度も福音を聞いたことのない国々に宣教師となって赴きたいという願いを持つようになりました。
ところが、これを聞いた父親は、何の肩書も持たずに未開発の国に伝道に行くなどもってのほかだと激怒し、話し合いも決裂し、息子を勘当してしまいます。大学の学費や生活費を得る道を断たれたミュラーは、血を吐くような思いで神に助けを祈り求めました。
すると、実に不思議な導きがあったのです。数人の神学者がハレ大学に客員教授として招かれることになり、大学側は彼らの講義の通訳やパンフレットの翻訳をする仕事をミュラーに依頼してきたのです。
さらに奇跡は続きます。この客員教授の一人フランケ氏は、クラウハに「孤児の家」を建てたのですが、その施設の中の学生寮が空いたのでミュラーは住まわせてもらえることになったのです。
この施設を初めて訪れた日、彼は将来のビジョンをその目に焼き付けたのでした。
◇
栗栖ひろみ(くりす・ひろみ)
1942年東京生まれ。早稲田大学夜間部卒業。80〜82年『少年少女信仰偉人伝・全8巻』(日本教会新報社)、82〜83年『信仰に生きた人たち・全8巻』(ニューライフ出版社)刊行。以後、伝記や評伝の執筆を続け、90年『医者ルカの物語』(ロバ通信社)刊行。また、猫のファンタジーを書き始め、2012年『猫おばさんのコーヒーショップ』で日本動物児童文学奨励賞を受賞。15年より、クリスチャントゥデイで中・高生向けの信仰偉人伝の連載を始める。20年『ジーザス ラブズ ミー 日本を愛したJ・ヘボンの生涯』(一粒社)刊行。現在もキリスト教書、伝記、ファンタジーの分野で執筆を続けている。