2026年6月20日22時06分

聖書原語への招き─霊に燃え、主に仕えるために(11)パン種の譬えで示す神の国 白畑司

コラムニスト : 白畑司

新約の中心主題が「神の国(ἡ βασιλεία τοῦ θεοῦ[ヘー・バスレイア・トゥー・セウー])」であることは、ほとんどの聖書学者たちの一致した見解です。

マタイによる福音書では、神の名を使うことを避けて、主に「天の御国(ἡ βασιλεία τῶν οὐρανῶν[ヘー・バスレイア・トーン・ウラノーン])」として表現されています。

以下に、注解や資料を参考にして私が作成したマタイによる福音書の構成図を示します。

マタイによる福音書の「天の御国」を中心とした構造(交差並行法:キアスムス)

章 テーマ
1~4章 談話1. 天の御国の始動、王の系図から宣教開始まで
   5~7章    説教1. 天の御国での生き方
      8〜9章 談話2. 天の御国の力と権威
         10章    説教2. 天の御国の宣教派遣
             11~12章 談話3. 天の御国の悪の王国との衝突
                           13章    説教3. 天の御国の奥義の啓示
             14~17章 談話4. 天の御国の新しい民:教会
         18章    説教4. 天の御国の交わり:教会の権威
      19~23章 談話5. 天の御国の苦難と栄光
   24〜25章    説教5. 天の御国の将来、裁き、完成
26~28章 談話6. 天の御国の契約締結、確立、宣教命令

交差並行法とは、テキストのユニットを左右対称に配置し、対応する要素の関係性を読み解く文学的・神学的分析法で、単なる文学技法ではなく、神学的強調点を中央に置くための構造です。

このマタイによる福音書の構造図から、この福音書の中心点は、13章の天の御国の奥義の啓示、「天の御国の譬(たと)え」であることが示唆されます。

前回の記事で、イエス時代のユダヤ教各派の神の国理解の概観を見ましたが、主イエスは、政治的メシア運動、黙示的メシア運動などとの衝突を避けながら、マタイ13章の「天の御国の譬え」で、神の国・天の御国が既に始まっていることを教えました。

この「天の御国の奥義を知る」幸いがいかに途方もない祝福であったかは、「まことに、あなたがたに告げます。多くの預言者や義人たちが、あなたがたの見ているものを見たいと、切に願ったのに見られず、あなたがたの聞いていることを聞きたいと、切に願ったのに聞けなかったのです」(マタイ13:17)との表現からも分かります。

マタイ13章には、種まき(1〜9節)、毒麦(24〜30節)、からし種(31、32節)、パン種(33節)、畑に隠された宝(44節)、高価な真珠(45、46節)、地引き網(47〜50節)と、御国の譬えが7つあります。

もしここに、マタイが交差並行法的な意図を置いたとすれば、4番目のパン種の譬え(33節)こそ、天の御国の譬えの中心として、その意味を探求するよう呼び掛けているように思われます。そこで、以下のAからDまで展開していきます。

A)このマタイ13章33節全体での考察
B)日本語諸訳とギリシャ語本文との違い
C)パン種のより深い考察
D)この譬えから深読みする将来の展望

A)このマタイ13章33節全体での考察

マタイ13章の7つの御国の譬えで、ここだけが女性の出てくる場面です。男性中心の当時のユダヤ社会で、それだけでも意外です。しかし、マタイ16章6節(パリサイ人のパン種=偽善)のように、多くの場合は罪の象徴として使われたパン種が肯定的な意味で使われて、意外性を増加させます。

さらに、3サトンの小麦粉なら30キロ以上で、100人以上の人々が食べる量になり、小さな村ならば、その住民全部を食べさせるほどの、通常の想定を超えた楽しみと喜びをイメージさせる場面となります。貧富の差が激しかった当時の社会の中で、このようなふるまいを受ける人々の喜びと興奮の様子を想像すると、この女性の内側にある情熱が伝わってくるようです。

B)日本語諸訳とギリシャ語本文との違い

この箇所の主な日本語訳の聖書は、こうなっています。

~混ぜると、全体がふくらんでくる。(口語訳)
~入れると、全体がふくらんで来ます。(新改訳)
~混ぜると、全体がふくらみます。(新改訳2017)
~混ぜると、やがて全体が膨れる。(新共同訳、共同訳)
~混ぜると、やがて全体が発酵する。(フランシスコ会訳)
~中に埋めた、すると全体が発酵した。(岩波訳)

新約聖書ギリシャ語インターリニアで表示すると、以下の通りになります。

聖書原語への招き─霊に燃え、主に仕えるために(11)パン種の譬えで示す神の国 白畑司

13章33節の後半部分を、ギリシャ語本文の直訳にすると、「全体が発酵するまで中に隠した」となります。「ἕως(ヘオース)」は、程度や尺度を示す指標であり、上限を示すもので「~の点まで」を意味します。

ですから、ここでは単に、小麦粉にパン種を入れたり、混ぜたりしたら、結果的に全体が発酵したのではなく、明確な意図をもって意思を働かせ、どの部分もまんべんなく発酵するよう、注意に注意を重ねて作業をしていったことが明らかにされています。

全体を意味する「ὅλος(ホロス)」は、全身、全議会、全部隊、全土、全地などにも使われている形容詞です。ここでは主格であり、しかも、文の最後に置かれているので、3サトンの小麦粉全体にハイライトが当てられ、その全部が発酵している様子が描かれています。

「ἐζυμώθη(エズモーセー)」は動詞「ζυμόω(ズモオー)」の直説法アオリスト形受動態です。受動態を重んじて訳すと、「発酵するようにされた」となります。神が動作の主体であることを意図的に避けるために使われたとするならば、天の御国の完成の視点からこの場面を語っていることがよりはっきりするように思われます。

「ἐνέκρυψεν(エネクリュプセン)」は、「ἐγκρύπτω(エンクリュプトー)」の直説法アオリスト能動態です。「中に入れる、見えなくする、隠す、中に埋め込む」が本来の意味で、そこから、「混ぜる」という意味になります。

C)パン種のより深い考察

パン種は、生地の小麦粉とは違い、酵母菌が生きています。命の力に満ちているパン種が、命のない小麦粉の状態を変え、その結果として膨らみをもたらします。3サトンの小麦粉に比べれば、パン種はわずかな量ですが、そのもたらす効果、影響力は決定的です。膨らんだ小麦粉は、もう元の状態に戻ることは不可能です。

「パン種を混ぜて発酵させる」ことを意味する「ζυμόω(ズモオー)」は、超自然的な命の力、神の国の力、命の御霊を指し示しています。「いのちを与えるのは御霊です」(ヨハネ6:63)

主イエスは、水のバプテスマを受けたとき、聖霊が臨んで、油注がれた方キリストになりました。そして、「しかし、わたしが神の御霊によって悪霊どもを追い出しているのなら、もう神の国はあなたがたのところに来ているのです」(マタイ12:28)と言われました。

D)この譬えから深読みする将来の展望

「全体が発酵させられた」は、神の国が全世界に来ること、御霊の注ぎが全世界的なスケールでなされるように、あらかじめ神の側で計画されていたことを暗示させています。

そのために、「御国を来させてください」(マタイ6:10)、「神の国とその義を探しなさい」(同6:33)と命じています。そこには、肉と御霊の間の抗争、御国のための労苦、信仰の告白と行動、タラントの活用など、信仰者たちを鼓舞して目標に向かわせる多くのものがあります。

第七の御使いがラッパを吹き鳴らした。すると、天に大きな声々が起こって言った。「この世の国は私たちの主およびそのキリストのものとなった。主は永遠に支配される。」(黙示録11:15)

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※ 本コラムでは、特に断りのない限り、聖書の引用は新改訳(第3版)を使用しています。

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白畑司

白畑司

(しらはた・つかさ)

1949年山形県生まれ。同県米沢市の福田町キリスト教会(現恵泉キリスト教会米沢チャペル)で信仰を決心。山形大学大学院でレーザーのコヒーレント効果を研究。日本電信電話公社(現NTT)電気通信研究所に在籍する。召命の御言葉で献身し、聖書神学舎(現聖書宣教会)で学ぶ。御徒町キリスト教会牧師を経て、84年から市ヶ尾キリスト教会の開拓伝道に従事。現在同教会主任牧師。カルバリー聖書学院(大川従道院長)で20年余り、新約聖書とギリシャ語の科目を担当。著書に『インターリニア新約聖書』(全32巻、2001〜04年、ポーロス会)。