2026年5月30日17時38分

日本人に寄り添う福音宣教の扉(249)日本人に天国の希望を届けたい 広田信也

コラムニスト : 広田信也

日本人の多くは、死んだら天国に行くと、漠然と考えていますが、明確に天国の希望を抱ける人は少ないように思います。死後の世界に熱心な人は、残念なことに、臨死体験や死後の意識にむしろ関心を持つのかもしれません。

しかし、これまで500人近い人々のエンディングに寄り添いましたが、その中で、聖書が伝える「神の国(天国)の希望」をはっきりと抱いて召された人が何人もおられます。

それらの人々を通し、信仰によって得られる天国の希望が、肉体の死を迎える当事者を励ますだけでなく、周囲の人々に大きな祝福を届けることを経験してきました。

緊急の葬儀相談から

先日の早朝、まだ熟睡していた私のもとに緊急電話が入りました。すぐに目を覚まして傾聴の姿勢を取ったところ、重篤な状況にある入院中の奥様の葬儀相談でした。

進行の早いがんに侵された奥様が間もなく召されるとのことでしたが、突然、奥様自身がキリスト教葬儀を希望され、教会や聖書につてのないご主人が慌ててネットで弊社を見つけ、電話をされたようでした。

弊社には時々このような電話が入りますが、葬儀相談ですので、召された際には問題なく葬儀に対応させていただくことを伝えますが、同時に近隣の牧師が、生前に訪問できる旨を熱心に伝えます。

訪問の許可を頂くのに時間がかかることもありますが、その時は、奥様の容体がかなり逼迫(ひっぱく)していたのでしょう。その日の午前中にぜひ来てほしいと、すぐに依頼を頂きました。

召される直前の病床訪問

私は、できるだけ早く訪問する旨を伝えた後、近隣の牧師に電話を入れ、病床訪問をお願いしました。状況を詳しく説明すると、牧師はすぐに自身の予定を変更し、病院に駆けつけてくれました。

それからしばらくの時間、牧師が寄り添い、祈りの時が持たれました。体の弱さは極限にまで達していたようですが、奥様は、弱さの中で精いっぱい応答してくださいました。

短い時間でしたが、ご家族と共に、神の国(天国)の希望を確認する大切な時を持ちました。そして約2時間後、奥様は神様に抱かれ、召されて逝かれました。

悲しい別れではありました。しかし、神様の祝福が、召された奥様だけでなく、遺族の中にも確かに届けられました。牧師による生前訪問は豊かに用いられたと思います。

人間の生きる目的は何か

キリスト教教理を解説するウェストミンスター小教理問答には、人間の生きる目的は、「神の栄光を現し、永遠に神を喜ぶことである」と要約されています。

確かにもっともなことですが、それでは、神の栄光を現し、永遠に神を喜ぶとは、具体的にどういった人生になるのでしょうか。

それは「神の国(天国)の希望を抱き、神様(聖霊)と共に生きることを大いに喜ぶ人生」と言い換えることができるのでしょう。なぜなら、イエス・キリストご自身が神の栄光であり、神の国(天国)を宣(の)べ伝えたからです。

イエス・キリストは神の国(天国)を宣べ伝えた

イエス・キリストは、多くの人々の病を癒やし、悪霊を追い出し、数々の奇跡を行いました。弱さを抱える私たちにとって、そのような御業は恵みであり、ありがたいことです。しかし、彼が私たちのもとに来られた主たる目的は、神の国(天国)の福音を伝えることでした。

しかしイエスは、彼らにこう言われた。「ほかの町々にも、神の国の福音を宣べ伝えなければなりません。わたしは、そのために遣わされたのですから。」(ルカの福音書4章43節)

神の国(天国)の希望は、イエス・キリストを信じる信仰によって得られる神様との永遠の交わりの中で体験できます。それは、やがて私たちが実際に招かれる天国への希望となり、また生前においては、実りある人生を備えます。

研ぎ澄まされる信仰

人は召されるとき、肉体が極度に弱くなりますから、当事者だけでなく家族や友人にとっても、信仰が研ぎ澄まされることになります。

しかし主は、「わたしの恵みはあなたに十分である。わたしの力は弱さのうちに完全に現れるからである」と言われました。(コリント人への手紙第二12章9節)

しかし、肉体がまさに死を迎えようとする弱さの極限において、神様を見上げるなら、神様はその弱さの中に完全に現れ、天国の希望が満ちあふれるのです。

そして、そのような希望は、当事者だけでなく家族、親族、友人の中にも届けられ、大切な人を失う悲しみを慰めるだけでなく、大きな祝福となって広がっていくのです。

迷える子羊を捜すイエス様

私は、そのような場面を何度も経験してきましたが、主イエス・キリストご自身が、弱さを抱える私たちを捜して見つけ出してくださることを、いつも教えられています。

人の子は、失われている者を救うために来たのです。あなたがたはどう思いますか。もし、だれかが百匹の羊を持っていて、そのうちの一匹が迷い出たとしたら、その人は九十九匹を山に残して、迷った一匹を捜しに出かけないでしょうか。そして、もし、いたとなれば、まことに、あなたがたに告げます。その人は迷わなかった九十九匹の羊以上にこの一匹を喜ぶのです。(マタイの福音書18章11~13節)

イエス・キリストは、死に定められ、弱さを抱える私たちに、天国の希望を備えてくださる真の救い主です。

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広田信也

広田信也

(ひろた・しんや)

1956年兵庫県生まれ。80年名古屋大学工学部応用物理学科卒業、トヨタ自動車(株)入社。新エンジン先行技術開発に従事。2011年定年退職し、関西聖書学院入学、14年同卒業。16年国内宣教師として按手。1985年新生から現在まで教会学校教師を務める。88~98年、無認可保育所園長。2014年、日本社会に寄り添う働きを創出するため、ブレス・ユア・ホーム(株)設立。21年、一般社団法人善き隣人バンク設立。富士クリスチャンセンター鷹岡チャペル教会員、六甲アイランド福音ルーテル教会こどもチャペル教師、須磨自由キリスト教会協力牧師。関連聖書学校:関西聖書学院、ハーベスト聖書塾、JTJ宣教神学校、神戸ルーテル神学校