2026年3月5日18時32分

離散の民の役割 穂森幸一

コラムニスト : 穂森幸一

「あなたがたがわたしに立ち返り、わたしの命令を守り行うなら、たとい、あなたがたのうちの散らされた者が天の果てにいても、わたしはそこから彼らを集め、わたしの名を住ませるためにわたしが選んだ場所に、彼らを連れて来る」と。これらの者たちは、あなたの偉大な力とその力強い御手をもって、あなたが贖(あがな)われたあなたのしもべ、あなたの民です。(ネヘミヤ1:9、10)

イスラエルの民の歴史にはいつもディアスポラ(離散)がありました。残虐なアッシリアの兵士、無慈悲なバビロニアの軍隊、最強を誇るローマ帝国に追われ、他の地へ足を進めなければならなかったのです。

祖国を追われ、同胞から引き裂かれた心の痛みを抱え、幼子を背負い、生活用具を担ぎ、足の痛みに耐えながら歩き続けたのです。道中、心の慰めとなり、励ましとなったのは古代イスラエルの歌だったといわれます。その歌に込められていたのは、祖国への帰還の希望、同胞との再会の喜び、神を慕う思いだったのです。

この歌は母から娘と代々伝えられていったのです。古代イスラエルの音楽を研究している学者によると、シルクロード周辺の国々、最後は日本の民謡に影響を与えていて、メロディーや歌詞の中に名残があるといわれています。そして、その歌の中に生き抜く希望が込められているというのです。

日本の里の歌、民謡、わらべ歌は何気なく歌い続けてきていますが、聞いていると心に迫るものがあり、涙が浮かぶような瞬間があるのは離散の民の思いが詰まっているからなのではないかと思います。私が特に心を動かされるのは「月の沙漠」です。この歌はディアスポラの情景そのままではないかと思います。

日本と中東はあまりにも距離が離れていて、古代社会の中でイスラエルと日本の結び付きがあったなどというのはとても受け入れられないと多くの人が言います。しかし、科学の進歩が、不可能と思われることを実証してくれます。家宝として受け継がれた石にヘブル語が刻まれていて、年代測定で2千年前の物であることが証明されています。また、苗字や地名がヘブル由来だと裏付けられ、DNA鑑定で古代ユダヤ人とつながりが分かるとか、いろいろなことが明らかになってきています。

一見、ディアスポラは世界中に散らされた悲惨な民というように映ります。しかし、そこに「遣わされた」という意味が含まれていることを見逃してはならないと思います。使徒の働き8章に、エルサレムの教会に激しい迫害が起こり、ユダヤとサマリヤの地方にクリスチャンが散らされたと記されています。そうすると、「他方、散らされた人たちは、みことばを宣べながら、巡り歩いた」(4節)という結果になっています。迫害という悲劇が、宣教という働きにつながっているのです。

古代イスラエルの民は、追われるように東へ東へと旅を続けていきますが、彼らの心のどこかには、見捨てられた者、あるいは敗残者という思いがあったかもしれません。しかし、彼らの移動は、ユダヤ文化の伝播であり、唯一神信仰の拡散であり、やがて来るキリストの福音宣教の土台作りでもあったのです。

私たちの人生でも思いがけないことが起こるときがあります。自分の意向とは異なる職場の配置換え、異動、左遷、失業、転職があり、失意落胆することがあるかもしれません。しかし、どんな時にも、生き抜く決意と希望を持つことが求められています。人の目には不都合と見えても、その中に神の御心が隠されていて「遣わされた」状態かもしれないのです。

日本にたどり着いた古代イスラエルの民は、縄文人と融合することで彼らの持ち込んだ文化や技術を日本の国造りに生かしていったと考えます。古事記や日本書紀の中で、天から下ってきた神々によって日本の国造りが行われたとありますが、西の果てからやって来た人々をそのように表現したのではないでしょうか。

奈良はシルクロードの終点の地といわれますが、最近はアジアのハブだったという人もいます。正倉院の宝物は、世界中から奈良に物資が届いていたことの証明です。外国の物を受け入れていただけでなく、日本の工芸品にペルシャのデザインを取り入れてアジアの王侯貴族の元に届けていたということも分かってきています。

奈良の都は私たちの想像を超えたものだったと思います。当時の街中では、アラム語やペルシャ語、ヒンズー語、中国語が飛び交っていたのではないでしょうか。もちろん、宗教もいろいろ入ってきていたと思います。仏教、古代ユダヤ教、原始キリスト教、ゾロアスター教、ヒンズー教など、さまざまな宗教が入ってきても大きな混乱はなかったのではないでしょうか。「和をもって貴しとなす」が生かされた状態だったと思います。諸宗教の教えを上手に仏教と神道の中に取り込んでいます。

旧約聖書の十戒が十善という形で仏教の中にありますし、神道のみそぎは洗礼からきていると思います。清めの意識、清潔感、聖別の考え方など、ユダヤ教の影響なくしては考えられません。日本人の中にある高い倫理観、正義を重んじる気持ち、弱い人を助ける精神、これらはどこから来たのでしょうか。神のご計画の中で先人たちが遣わされたのであれば、今日の時代に生きるわれわれが世界の中で役割を果たさなければならない時が、今来ているのではないでしょうか。

わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。──主の御告げ──それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。(エレミヤ29:11)

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※ 本コラムでは、特に断りのない限り、聖書の引用は新改訳(第3版)を使用しています。

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穂森幸一

穂森幸一

(ほもり・こういち)

1973年、大阪聖書学院卒業。75年から96年まで鹿児島キリストの教会牧師。88年から鹿児島県内のホテル、結婚式場でチャペル結婚式の司式に従事する。2007年、株式会社カナルファを設立。09年には鹿児島県知事より、「花と音楽に包まれて故人を送り出すキリスト教葬儀の企画、施工」というテーマにより経営革新計画の承認を受ける。著書に『備えてくださる神さま』(1975年、いのちのことば社)、『よりよい夫婦関係を築くために―聖書に学ぶ結婚カウンセリング』(2002年、イーグレープ)。

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