
「イエスこそ神」と宣言し、瀕死の重傷を負って故郷の僧院から追放されたテンジン・ラクパ。彼は闇夜に紛れて脱出し、遠く離れた地でキリスト者としての新しい人生を歩み始めた。しかし神の計画は、彼が単に安全な場所で平穏に暮らすことではなかった。(第1回から読む)
逃亡後、テンジンは中国西部の都市でキリスト教系の医療チームに加わった。そこで彼は、肉体の病を癒やす医療技術とともに、魂を癒やす福音の力をさらに深く学んでいった。
そんなある日、衝撃的なニュースが飛び込んでくる。彼が生まれ育った故郷の地域で、致死性の感染症が猛威を振るっているというのだ。そのため、医療支援が必要だった。
しかし、そこは彼を「裏切り者」として殺そうとした人々が支配する場所である。戻れば、今度こそ命はないかもしれない。どうすべきか祈るテンジンの心に、聖霊の静かな、しかし抗い得ない促しがあった。「彼らがまだ私を殺したいと望んでいることは知っていました。しかし、主イエスは彼らを愛しておられます。どうして主の僕である私が愛さないなどと言えましょう」
テンジンは、医療チームと共に故郷の僧院へと戻った。 予想通り、僧侶たちの目は驚きと敵意に満ちていた。しかし、感染症のまん延は深刻で、背に腹は代えられない彼らは、そのキリスト教団体の医療チームを受け入れざるを得なかったのだ。
診療所に次々と患者が運ばれてくる中、一人の患者がテンジンのもとに運ばれてきた。その男はタシ・ラマ――かつてテンジンの処刑を命じ、「殺せ!」と命じた高僧その人であった。
目の前で病にうなされるその男の命は、今やテンジンの手の中にある。ラマを見殺しにすることも、過去の仕打ちの仕返しをすることもできた。この世の道理ならそんな復讐劇もあるかもしれない。しかし、テンジンがとった行動は真逆だった。
彼はタシ・ラマに近づくと、最高の敬意を払ってあいさつしたのだ。「※ラマ、すぐ良くなりますよ」。かつての師であり、自分を殺そうとした仇敵を、まるで自分の父親であるかのように優しく、丁寧に診察し、薬を与えたのだ。(※チベットの高僧に対する敬意ある呼称)
「愛には恐れがありません。全き愛は恐れを締め出します」(Ⅰヨハネ4:18)
タシ・ラマは言葉を失った。彼はテンジンの目の中に、憎しみではなく「本物の慈愛」を見たからだ。圧倒的な愛の前に、ラマの敵意は崩れ去り、ただ沈黙するしかなかった。
翌日、テンジンはラマにこう申し出た。「この地域には、恒久的な診療所が必要です。私はそれを建てたいと願っています」。それは、かつての敵に対する驚くべき愛の贈り物であった。(続く)
■ チベットの宗教人口
チベット仏教 78・0%
ボン教 12・0%
イスラム 0・4%
キリスト教少数、その他
◇