もしあなたの兄弟であるヘブルの男、またはヘブルの女が、あなたのところに売られてきて、六年仕えたならば、第七年には彼に自由を与えて去らせなければならない。彼に自由を与えて去らせる時は、から手で去らせてはならない。群れと、打ち場と、酒ぶねのうちから取って、惜しみなく彼に与えなければならない。すなわちあなたの神、主があなたを恵まれたように、彼に与えなければならない。あなたはかつてエジプトの国で奴隷であったが、あなたの神、主があなたをあがない出された事を記憶しなければならない。このゆえにわたしは、きょう、この事を命じる。しかしその人があなたと、あなたの家族を愛し、あなたと一緒にいることを望み、『わたしはあなたを離れて去りたくありません』と言うならば、あなたは、きりを取って彼の耳を戸に刺さなければならない。そうすれば、彼はいつまでもあなたの奴隷となるであろう。女奴隷にもそうしなければならない。(申命記15:12〜17)
今回の聖書箇所では、主がイスラエルの民を恵まれたように、彼らも、人に惜しみなく与えなければならないと書かれています。
私たちは時として、無礼で攻撃的な性格の相手と向き合い、居心地の悪い状況に直面することがあるでしょう。しかし、自分自身の過去を素直に振り返ってみると、私たちの過去、現在、未来の全ての罪を赦(ゆる)してくださった主に対して、私たちはどれほど無礼で攻撃的だったことでしょうか(参照・1ペテロ3:18)。
聖書は、律法が与えられたのは、私たちがどれほど罪深い存在かを知らせるためだと教えます(参照・ローマ5:20)。もしあなたが今、他者への怒りに苦しんでいるのなら、主が私たちに与えてくださった赦しを、より深く理解するための成長過程にあるのかもしれません。
キリストは、十字架へ向かい、そこにかけられたとき、人間としての感情を持ち、嘆き、耐え忍び、恥をかかれました(参照・マタイ26:39、ヘブル12:2)。これは、私たちに与えられた赦しの一面を表しています。私たちも相手を赦すとき、完全にわだかまりのない心の状態である必要はないのです。そして、この真理こそが、私たちを自由にするのです(参照・ヨハネ8:32)。
今日、イエス・キリストを通して与えられる赦しを覚えましょう。その赦しが私たちを慰め、同じように私たちも、相手を赦し、慰めることができるように導いていただきましょう。
GOD BLESS YOU!
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