
映画「ボンヘッファー ヒトラーを暗殺しようとした牧師」を観て、ディートリッヒ・ボンヘッファー(1906~1945)のことを、もっと知りたいと思った人は多いと思います。そこで、ボンヘッファー入門としてお薦めの3冊を紹介します。
村上伸著『ディートリッヒ・ボンヘッファー ヒトラーとたたかった牧師』
最初に、ボンヘッファーのことはほとんど知らないという人に、村上伸(ひろし)著『ディートリッヒ・ボンヘッファー ヒトラーとたたかった牧師』(日本キリスト教団出版局、2011年)をお薦めします。著者の村上氏は冒頭で、「高校2年生だった孫娘から手紙が来ました。(中略)この本を読んでいるみなさんは、彼女よりは少し年下かもしれません」と書いており、中高生を意識して書いた本なのでしょう。
村上氏は2017年に亡くなられた牧師、キリスト教学者ですが、生前さまざまな所でボンヘッファーを伝えてきた人です。私は何回か直接お会いして話をうかがったことがあります。また、日本FEBCで収録された村上氏のボンヘッファーシリーズは、カセットテープで何度も繰り返し聞いてきました。村上氏は、1991年に『ボンヘッファー』という著書を出版しています。この本は、2014年には新装版も出版されていますが、学生時代から何度も読み返してきた本です。
本書は、村上氏が『ボンヘッファー』に続いて、若年者向けに執筆したものではないかと思います。内容は基本的にボンヘッファーの伝記で、彼の神学や思想には詳しく立ち入っていません。
ボンヘッファーの少年時代の様子が詳述されているのが、本書の大きな特徴です。その中でも、両親の影響によって、彼の「自主性」がはぐくまれたと記されているところが印象的です。皆が右へ行くから自分も右へ行くというのではなく、自分でよく考えた上で方向や行動を決めるという教育が、ナチスに賛同しない「本物」を見分ける感覚を育てたとあります。
1918年に、兄の一人であるヴァルターが戦死します。映画でもこの場面は印象的に描かれていましたが、本書ではさらに母パウラの憔悴(しょうすい)ぶりが伝えられています。
20代の頃のニューヨークのユニオン神学校での留学生活は、映画では全体の4分の1ほど進んだところで登場します。一方、本書はこの場面まで読めば、113ページあるうち半分以上を読み終えたことになります。やはり、映画と同じように、ドイツの教会とも米国の白人教会とも違う黒人教会の雰囲気に引かれ、黒人霊歌を愛唱していたことが伝えられています。
フィンケンヴァルデ牧師研修所のことも伝えられています。この研修所は、「他者と共に生きるキリスト者の現実をナチス体制下で実際に引き受けるための場」といえます。所長だったボンヘッファーは1937年、ここでの体験をもとに神学的生活書として『共に生きる生活』を著しています。この本も、ぜひ読まれることをお勧めします。
その後、ナチスに抵抗する「告白教会」による教会闘争から逮捕・投獄、そして強制収容所への移送が書かれています。強制収容所への移送は、彼の家族にも知らされずに行われました。そのため、婚約者のマリアは母に「ディートリッヒはどこにもいません。どこにかくれてしまったのかしら」と手紙を書いたと伝えられています。
この「隠れる」ことについては、映画ではさまざまな伏線として用いられていましたが、逮捕後の彼は、ナチスによって「隠されてしまった」のです(関連記事:映画「ボンヘッファー ヒトラーを暗殺しようとした牧師」 「信仰と抵抗」の生涯描く)。
本書は、その後ほどなくしてのボンヘッファーの処刑について記し、最後は著者の短い文章で終わっています。
全体的に写真が多く、それぞれの場面を理解する助けになっています。ボンヘッファーのことはほとんど知らないという人には、まずはこの一冊を読むことをお勧めします。
S・R・ヘインズ、L・B・ヘイル著『はじめてのボンヘッファー』
2冊目は、「映画を観て内容は大体つかめたが、もう少しボンヘッファーについて知りたい」という人向けに、S・R・ヘインズ、L・B・ヘイル著『はじめてのボンヘッファー』(教文館、2015年)を紹介します。原著は2009年の出版です。この本は、前半(1章)は伝記、後半(2〜6章)は彼の神学・思想というような構成になっています。
前半の伝記の部分は、時系列としては前述の村上氏の著書と大体同じです。しかし、幼少期の記述は少なく、その代わり逮捕・投獄後の様子が詳述されています。獄中で随想などをつづったことも、いろいろと伝えられています。最後は、ボンヘッファーの処刑に立ち会った医師の回想の言葉で閉じられています。
後半はボンヘッファーの膨大な神学・思想から、2章「教会として存在するキリスト」、3章「高価な恵み」、4章「代理と形成としての倫理学」、5章「非宗教的キリスト教」(「機械仕掛けの神」「成人した世界」など)と、重要なものが選別されてまとめられています。
ボンヘッファーの神学・思想の入門書として適していると思います。本書に記されている内容は、ボンヘッファーの著作集の中に全てあります。本書を読んだ上でさらに関心が湧くのであれば、彼の著作集を読むのがよいでしょう。
本書は、写真の掲載はないものの、表紙の絵を描いた画家による挿絵が多数掲載されており、それによってボンヘッファーの歩みや主張がよく分かるようになっています。その点も入門書として適していると思います。
クリスティアーネ・ティーツ著『ディートリッヒ・ボンヘッファー 抵抗に生きた神学者』
最後に紹介するのは、クリスティアーネ・ティーツ著『ディートリッヒ・ボンヘッファー 抵抗に生きた神学者』(新教出版社、2025年)です。原著が出版されたのも2013年と比較的新しく、女性神学者によって著された入門書です。伝記として彼の生涯を記しつつ、並行してその時々の神学と思想を伝える構成になっています。
ボンヘッファーの最初の著書は、21歳の時に書いた『聖徒の交わり』で、2番目の著書は24歳の時に完成させた『行為と存在』です。本書は、それぞれを執筆したことを伝えつつ、同時に両書の内容についても簡略に説明しています。
彼はこれらの書を執筆した後にユニオン神学校に留学します。映画では「つまらない神学校の授業」と語る場面がありますが、本書を読むとなぜそう語ったのか理由が分かります。また、映画では、米国で出会った黒人教会に強い共感を抱いた様子が強調して描かれていますが、本書においてもそのことは伝えられています。
ドイツに帰国後、大学で教鞭を執り、「創造と罪」を講義します。それが『創造と堕落』(『聖書研究』収録)として出版されますが、本書はその内容についても触れています。このように、彼の歩みと折々の著書の内容を並行して伝えているのが、本書の特徴といえます。
その後、ロンドンでの在外奉職と牧師研修所(ポンメルンからフィンケンヴァルデに移動)の所長時代について記されていますが、この時代に執筆された『服従』(邦題『キリストに従う』)と『共に生きる生活』の内容は、かなり詳しく書かれています。
また、その後の『聖書の祈祷書 詩編への導き』(同収録)の出版についても伝えられています。ボンヘッファーの生前の著書はここまでで、以後の彼の名による著書は、友人であり弟子であったエバーハルト・ベートゲらによって後年に編さんされたものになります。ボンヘッファーは逮捕され、獄中の人となってしまうからです。
ボンヘッファーの母パウラや婚約者マリアの描写が、他の書よりも繊細だと感じましたが、これは女性執筆者ならではの感性によるものかもしれません。
映画をきっかけにボンヘッファーに興味を持った人は、ぜひこれらのうちいずれの本でもよいので手に取って読み、彼の生涯をより深く知るだけでなく、後のキリスト教界に大きな影響を与えた彼の神学や思想に触れていただければと思います。
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