エジプトと聞くと、私たちはピラミッドやナイル文明、豊かな歴史遺産を思い浮かべる。しかしその一方で、この国には古代から続く呪術・魔術文化が根強く残っており、今も闇の霊的習慣に縛られている人々が少なくない。民間信仰や黒魔術は、一部地域では「助け」や「願望成就」の手段として受け継がれ、世代間で継承されることも珍しくない。このような背景の中で、一人の男が何世代にもわたり続いた闇の鎖から解放される出来事が起きた。(※登場人物は仮名)
ラミーは、生まれたときから魔術と呪文に囲まれて育った。家族は代々、黒魔術の書や呪文を扱い、「力」を求める生き方が当たり前とされてきた。ラミー自身も幼少期から魔術を学び、成長するとともにその道をさらに追求した。彼にとって魔術は人生の中心であり、自己認識そのものだった。しかし実際の彼の人生には、友人もなく、家庭もなく、仕事すらなかった。闇が与えていたものは「力の幻想」でしかなく、深い孤独とむなしさが彼の現実だった。
ある日、ラミーはエジプト人キリスト者の男、ユセフと食事を共にすることになった。席に着くや否や、ラミーは自ら語り始めた。「私は魔術で力を得てきた。黒魔術の本は私に意味を与えてくれ、自分は無価値ではないと感じさせてくれたんだ」と。ユセフは、ラミーの話に耳を傾けながらも、彼のうちにある「真の闇、真の冷酷さ」を感じ取っていた。ラミーの人生には「力」はあっても「希望」がなく、人に見捨てられた孤独が潜んでいた。
ユセフは穏やかに語りかけた。「ラミー、君は意味と目的を求めている人ですね。そして本当の力がどこにあるかを知りたいと願っている。そして、大きな目的さえあれば、物事を行う力も得られると信じている。違うかな?」ラミーは、「その通りだ」とうなずいた。
そこでユセフは、静かに一つの提案をした。「君はかつてエジプトにも滞在した一人の男を知っているかい? よかったら、彼の話をしてもいいかな? 彼が行った数々の奇跡についての書物があるんだよ。それは闇や呪文ではなく、光と真理、そして美徳に満ちた物語だ」
ラミーは興味を示し、耳を傾けた。ユセフは、イエス・キリストの生涯、御業、そして十字架の愛を語り始めた。幼子としてエジプトで過ごしたこと、その歩み、そして救いについて話すうちに、ラミーは聞いたことのない真理に心を揺さぶられていったのだ。
こうして、ラミーの心に初めて光が差し込んだ。長い間、暗闇の力に自らを委ねてきた彼が、初めて真の救い主の名を聞いた瞬間であった。(続く)
◇