2015年2月15日の朝、リビアの青い海が見える砂浜へ、彼らの最後の歩みが始まった。彼らの最後の瞬間が迫っていたのだ。21人のキリスト教徒たちは、死の恐怖を前にしても、ただ天を見上げ続けていた。彼らの心の中には、生まれ故郷エジプトで聞いた母親たちの子守歌や、古い教会中いっぱいに響き渡った賛美の調べが繰り返し流れていたに違いない。(第1回から読む)
ISISは宣伝効果を最大化するため、処刑シーンを3回撮影した。1回目と2回目は、思うような「演出」ができなかった。キリスト教徒たちが恐怖におののく様子を見せず、カメラに向かって命乞いをすることもなかったからだ。代わりに彼らは静かに祈り、その表情には平安さえ読み取れた。
ISIS指導者はいら立った。テロの目的は恐怖を植え付けることだが、この21人は恐怖よりも平安の中にいた。3回目の撮影で、「決定版」が撮影されるはずだった。しかし、それは彼らが期待した内容とは正反対だった。21人は最期まで、イエス・キリストの御名を唱え続けたのである。
潮風が吹き抜ける中、21人は膝をついた。背後には黒い覆面をした処刑人たちが立っている。殉教者たちは処刑人には目もくれず、まるでそこに主イエスがおられるかのように空を見つめていた。
ISISの指導者が冷酷な口調でスピーチを始めた。「全能にして力強いアッラーに全ての賛美を帰す。世界への慈しみとして、剣をもって遣わされた者(ムハンマド)に祝福と平安があるように。人々よ、あなたがたは最近、われらがシャーム(大シリア)の丘やダービクの平原で、長らく “十字架の妄想” を抱き、イスラムとムスリムに敵意を燃やしてきた者たちの首をはねる姿を見たであろう。そして今日、われらは “ローマの南”、イスラムの地リビアにおいて、もう一つのメッセージを送る・・・」
地面に押し付けられた21人の首に、妖しく光る冷たい刃が突き立てられた。殉教者たちは誰一人イエスの御名を否まず、主に栄光を帰して、地上の最後の瞬間を迎えた。哀しくなるほど蒼いリビアの海は、21人の殉教者たちの鮮血で赤く染まったのであった。
「父よ。彼らをお赦(ゆる)しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです」(ルカ福音書23章34節)
ビデオ映像から、彼らの口には最後まで「ヤー・ラッビー・ヤスーア(主イエスよ)」と呼ぶのが確認されたという。(続く)
■ リビアの宗教人口
イスラム 97・0%
プロテスタント 0・2%
カトリック 1・2%
正教 1・2%
◇