2024年1月24日14時51分

保育の再発見(24)保護者の心理の崩壊

執筆者 : 千葉敦志

母親/子育て/悩み
※ 写真はイメージです。(写真:yamasan0708 / Shutterstock)

王は命じた。「生きている子を二つに裂き、一人に半分を、もう一人に他の半分を与えよ。」 生きている子の母親は、その子を哀れに思うあまり、「王様、お願いです。この子を生かしたままこの人にあげてください。この子を絶対に殺さないでください」と言った。しかし、もう一人の女は、「この子をわたしのものにも、この人のものにもしないで、裂いて分けてください」と言った。 王はそれに答えて宣言した。「この子を生かしたまま、さきの女に与えよ。この子を殺してはならない。その女がこの子の母である。」(旧約聖書・列王記上3章23~27節)

ソロモンの知恵を求める

列王記上3章23~27節は、ソロモンの審判として有名な話の一つです。講談でもてはやされる大岡裁きと似たような話です。半分に切り裂くのか、手を引っ張り合うのかの違いはありますが、両者とも、「本当の親」に対する諭しがあると思います。子どもの命、幸せを願うことこそが、「本当の親」の心というわけです。親として何よりも大切なのは、「子を愛する心」であり、「愛するとは、その子の命を自分の存在をかけて守り育むこと」だと示しているのではないでしょうか。

そう考えると、生みの親が本当にわが子の幸せを求め続けられるのかと問われれば、あやしいと言わざるを得ません。それは、数千年前のソロモンの時代も、現代も同じなのかもしれません。現代社会で虐待が絶えないのは、社会そのものの子育てに対する参画の仕方が間違っているのだと思います。私たちは、ソロモンの知恵を求めなければならないのです。

ミュンヒハウゼン症候群

ミュンヒハウゼン症候群は、「健康なのにもかかわらず、病気を創作してあたかも他者に重症であるかのように装い、通院や入院を繰り返す疾患」と定義される精神疾患の一種です。装っていた一つの病気の問題が解決し、緩解や小康状態になると、新たな病気を作り出すこともあります。

自らがけがや病気を負っていると装うことで周囲の人間関係を操作したり、懸命に自分が病気と闘っている姿を見せることで他人から同情を買ったりすることに快感を覚え、このような行動を取るとされています。小児期の手術の経験が発症のきっかけになることが多く、一説には、その時に得た周囲の同情や尊敬などを思い出し、再び獲得したい衝動に駆られるためだといわれています。

代理ミュンヒハウゼン症候群

昨今、虐待が社会問題化する中で、「代理ミュンヒハウゼン症候群」が虐待に深く絡んでいることが知られてきました。代理ミュンヒハウゼン症候群は、ミュンヒハウゼン症候群の派生として存在が認知されている精神疾患です。この場合、病気や障害を担わされるのは、発症者が保護している対象(多くの場合、子ども)になります。

2008年に、母親が自分の子どもの点滴に腐敗した飲料水を混入させたことが判明し逮捕される事件がありましたが、この母親は代理ミュンヒハウゼン症候群でした。その子は「原因不明の難病」とされ、母親は「懸命または健気な子育てを演じて他人に見せることによって周囲の同情を引き、自己陶酔し、自己満足を得ていた」とされています。

ある報告によれば、適切な介入がなされなければ再発率はほぼ100パーセントであり、病気を偽装される被害者の致死率は最大で30パーセントにもなります。発症者と被害者の関係が親子であれば、親子としての再統合は難しいとされます。また昨今、代理ミュンヒハウゼン症候群により患者に手を掛ける看護職や福祉職も散見されます。

実際に難病や障害がある子どもの保護者へのケア

ミュンヒハウゼン症候群や代理ミュンヒハウゼン症候群は、その病気が「うそ」であることが問題です。しかし、例えば実際に自分や自分の子どもが難病であったり、障害を持っていたり、あるいはそれらが強く疑われたりする場合、つまり、一定の真実性を伴う場合、歯止めが効かなくなります。そして、多くの賛同者や支援者をコントロールすることが可能になるどころか、美談として持ち上げられることさえあります。

「障害に負けない」「障害を克服させる」「秘められた才能を開花させる」といったフレーズで、介護や看護の現場が無茶苦茶な状態になっている事例に、私自身、複数回遭遇しました。しかし、このような事例があることは、全国の支援者が薄々気付いていることである一方、支援を受ける側の権利や自由の尊重と保障のため、そして何よりも守秘義務が課せられている以上、報告されることはほぼありません。支援者が「何か変だ」と思いながらも引きずられてしまう状況が起こる確率は高いと思われます。

その場しのぎではない支援が求められる

前回、保護者の自己肯定感を育てる必要を説きましたが、実際、代理ミュンヒハウセン症候群に起因するものも含め、多くの虐待は、自己肯定感の薄い保護者に見られます。このような場合、保護者が自分自身を肯定するために必要になるのが社会的評価です。では、具体的にはどのように対策すべきでしょうか。

一つの方策として示されているのが、保護者の自分史を確定させるという支援です。自分がこれまでどのような困難と向き合い、どのような試練を乗り越えてきたかを振り返り、その受容を後押しするのです。当然、人生には、良いこともあれば、悪いこともあるのですが、その結果、今があることをしっかりと認識してもらうようにすることです。

その上で、自分たちがどのように歩むべきなのかを知るための情報を共有していきます。その情報を本人が持っていなければ、押し寄せる不安にあらがうことができないからです。その上で、共に生きることの喜びを共有していくことによって、喜びを持って子育てすることを支援していかなくてはならないのです。(続く)

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千葉敦志

千葉敦志

(ちば・あつし)

1970年、宮城県生まれ。日本基督教団正教師(無任所)。教会付帯の認可保育所の施設長として、保育所の認定こども園化を実施。施設長として通算10年間、病後児保育事業などを立ち上げたほか、発達障害児や身体障害児の受け入れや保育の向上に努め、過疎地域の医療的ケア児童の受け入れや地域の終末期医療を下支えするために、教会での訪問看護ステーション設置などを手がけた。その後、これまでの経験に基づいて保育所等訪問支援事業を行う保育支援センターを立ち上げた。現在、就労支援B型事業所「WakeArena」を立ち上げ、地域の福祉増進を目指している。