2023年3月17日09時11分

観終わった後に、絶対に誰かと語りたくなる一作 「The Son/息子」

執筆者 : 青木保憲

観終わった後に、絶対に誰かと語りたくなる一作 「The Son/息子」
映画「The Son/息子」 / 3月17日(金)からTOHOシネマズシャンテほかで全国ロードショー / 配給:キノフィルムズ ©THE SON FILMS LIMITED AND CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION 2022 ALL RIGHTS RESERVED.

2021年のアカデミー賞は、90年以上の歴史がある同賞において名を残す回となった。それは主演男優賞での出来事だった。誰もが受賞を疑わなかったチャドウィック・ボーズマン(前年8月に急逝)ではなく、当時83歳の名優アンソニー・ホプキンスが史上最高齢で受賞するという「大どんでん返し」が起こったのであった。

このおぜん立てをしたのが、ホプキンスを主演に製作された「ファーザー」である。監督はフロリアン・ゼレール。パリ出身の小説家、劇作家であるゼレールの映画デビュー作が「ファーザー」であった。ゼレールは家族3部作を映画として公開することを目指しているらしく、「ファーザー」はその第1作であった。

認知症を患う父親(ホプキンス)に寄り添う女性(オリビア・コールマン)を主軸にしながらも、主人公はあくまで父親であった。彼の認知症状を主観的に見せられる観客は、まるで認知症をVR(バーチャルリアリティー)体験させられているようで、とても怖かった。

そのゼレールの家族3部作の第2作が、今回取り上げる「The Son/息子」である。主演はヒュー・ジャックマン。「X-MEN」シリーズのウルヴァリン役で一躍ハリウッドスターとなった彼が、普通の父親を演じている。

観終わった後に、絶対に誰かと語りたくなる一作 「The Son/息子」
©THE SON FILMS LIMITED AND CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION 2022 ALL RIGHTS RESERVED.

ジャックマンは本作で製作総指揮も務めている。マスコミ向けの資料によると、本作の脚本が出回ったとき、それを知ったジャックマン自身がゼレールに主演を直訴したという。それくらい入れ込んで本作に臨んだジャックマンの演技は、確かにものすごい。実際に彼は本作で、今年のゴールデングローブ賞主演男優賞にノミネートされている。

内容はというと、順風満帆なキャリアを積み上げている弁護士のピーター(ジャックマン)のところに、前妻ケイトから連絡が入るところから始まる。2人の間に何があったかは直接的には描かれていないが、ピーターはケイトと一人息子のニコラスを置いて家を出て、新たに出会ったベスという女性と結婚していたのである。前妻ケイトは、17歳の息子ニコラスの様子が最近おかしいと訴えてきたのだった。

ニコラスは学校を休みがちで、何かに悩んでいる様子だった。父親として息子の悩みに向き合おうとするピーター。そして新たな試みとして、彼は息子を引き取る決心をするのだった。新たに生活基盤を整え始めたニコラス。新しい学校では友達もでき、いろいろなことに興味を持ち始めたらしく、前とは見違えるほどに明るくなっていく。これで全てがうまくいくか・・・と誰もが思ったその時、思いもよらぬ出来事がピーターたちを襲うことになる――。

観終わった後に、絶対に誰かと語りたくなる一作 「The Son/息子」
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本作には、2組の父子が登場する。物語の中心となるピーターとニコラス。そして、ピーターの父(ニコラスにとっては祖父)であるアンソニーとピーターである。このアンソニーを演じるのが「ファーザー」のホプキンス。わずか5分程度の出演だが、このインパクトはすごい。物語の行く末を暗示するようなセリフは、観ているこちらがドキドキさせられるほどの緊張感がある。

親と子、互いに愛し合っているはずなのにすれ違い、すれ違っているのになぜか自然に交わることになる。その不思議な人間関係を、2時間という枠の中で見事に魅せて(見せて)くれるのが本作「The Son/息子」である。

やがてニコラスに精神的な疾患があるのではないかという疑いが寄せられる。しかし、息子を信じたいピーターは、その現実をなかなか受け入れようとしない。一方のニコラスも、自分は大丈夫、今度はうまくやれると何度も言い、自分を愛してと語りかけてくる。それは、どこにでもある親子の確執であり、葛藤であり、互いに「どうして分かってくれないんだ!」と相手に訴えたくてもできない、そんな現代の父子関係の典型である。

観終わった後に、絶対に誰かと語りたくなる一作 「The Son/息子」
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観終わった後、ふと、イエス・キリストがエルサレムの街並みを見ながら嘆いた次の一節が思い浮かんできた。

エルサレム、エルサレム。預言者たちを殺し、自分に遣わされた人たちを石で打つ者よ。わたしは何度、めんどりがひなを翼の下に集めるように、おまえの子らを集めようとしたことか。それなのに、おまえたちはそれを望まなかった。(マタイ23:37、新改訳2017)

私たちは、最初から親子関係をややこしくしようとは思っていない。むしろ愛したいし、良き関係を取り結ぶためなら、何でもしたいと願っている。しかし、現実に本作のような父子(母子)関係に陥ってしまう人たちが何と多いことか。

「親子は他人の始まり」とうそぶいてシニカルに捉えることもできる。しかし聖書では、いくらイエス・キリストが愛と寛容を示しても、結局は滅びに至ってしまったエルサレムの実態を赤裸々に描いている。そしてイエス自身も上記のような嘆きの言葉を残している。

観終わった後に、絶対に誰かと語りたくなる一作 「The Son/息子」
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ここに私たちの「罪深さ」がある。自分がつらく苦しいのに、真の助けを求めようとしない。一方で、「助けてほしい」と願う者に対し、彼らが願う助けの手を差し伸べることができず、「自分が良いと思う」助けをおせっかいにも投げかけることしかできない。

本作は、観終わった後にきっと私たちの中に何かを残す。そしてそれは、簡単には消化しきれない「現実」を痛烈に突き付けるものである。でも、これから逃げてはいけない。だから聖書があり、信仰があり、そして天地を造られた創造主がいてくださるのだ。

本作は、ぜひ夫婦で、親子で、近しい間柄の人たちと複数で鑑賞することをお勧めする。そして観終わった後に語り合うのだ。逃げないで、向き合うのだ。そのための一作と言ってもいいだろう。

「The Son/息子」は、17日からTOHOシネマズシャンテほかで全国ロードショーされる。

■ 映画「The Son/息子」予告編

■ 映画「The Son/息子」公式サイト

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青木保憲

青木保憲

(あおき・やすのり)

1968年愛知県生まれ。愛知教育大学大学院卒業後、小学校教員を経て牧師を志し、アンデレ宣教神学院へ進む。その後、京都大学教育学研究科修了(修士)、同志社大学大学院神学研究科修了(神学博士)。グレース宣教会牧師、同志社大学嘱託講師。東日本大震災の復興を願って来日するナッシュビルのクライストチャーチ・クワイアと交流を深める。映画と教会での説教をこよなく愛する。聖書と「スターウォーズ」が座右の銘。一男二女の父。著書に『アメリカ福音派の歴史』(明石書店、12年)、『読むだけでわかるキリスト教の歴史』(イーグレープ、21年)。