2023年2月22日17時12分

天国への旅―ジョン・バンヤンの生涯(4)罪の悲しみ

コラムニスト : 栗栖ひろみ

天国への旅―ジョン・バンヤンの生涯(1)鋳掛屋の子
ジョン・バンヤン(1628〜88)の肖像画(英国立肖像画美術館所蔵)

こうしてジョンは、昼は鋳掛屋の仕事をやり、夜になると町へ飛び出してゆき、悪い仲間と遊び回る日が続いた。その頃になると、友人が多くでき、毎日のように酒場で賭博をし、金がもうかるときはよかったが、すられて所持金を失ったりすると、必ず仲間同士けんかになるのであった。

ジョンは酒が入ると激しやすく、かっとなって見境もなく相手に飛びかかってゆき、もう少しでけがをさせるくらい殴り続けるのだった。

「おまえさん、悪魔にとりつかれているんじゃないか」。酒場の主人は驚いて言った。「とても正気とは思えない。そんなことを続けると、おまえさんの魂を悪魔がむさぼり食って地獄の道づれにするぞ」

「うるさいってんだよ!」ジョンは、手に持っていたコップの酒を主人の顔に引っかけてわめいた。「どうせ俺は天国なんかに入れない人間さ。だから、ただ毎日を面白おかしく過ごせりゃいいのさ」

主人は頭を振り振り奥に引っ込んだ。ジョンは、眉をそびやかして店を出た。

この世に神などいるものか。
ホーイ、ホイホイ
いるのは悪魔。神の顔した死神さ。
ホーイ、ホイホイ、ヤッホッホ

そんなばか騒ぎをして、夜な夜な遊び回るうちに、家業のほうに身が入らなくなり、いい加減な仕事しかできなくなった。そのうち、いつの間にか客が来なくなり、次第に注文も減ってしまった。

このままでは店も立ち行かなくなると考えたトマス・バンヤンはある時、息子にこう言った。「おまえ、もう店はいいから畑を耕してくれないか。誰も手入れしないから荒れたままになっている所がある。おまえならきっと、うまくあの畑をよみがえらせてくれるだろうから」

実は、バニヤンズ・エンドという所に、バンヤン一家のものとされている農家があり、9エーカーほどの土地があった。以前から、トマス・バンヤンはその土地が誰にも手入れされてないのを惜しいと思っていたのだった。

ジョンは渋々この話を引き受け、住み込みで農業をするために、翌日この場所に向かった。「これって厄介払いじゃないか。おやじは、俺がだんだん仕事をうまくこなせるようになってきたもんだから、店を取られるんじゃないかと思ってるんだ」

ジョンは、こんなひねくれた思いになり、わずかな時間だけ農作業をし、あとは相変わらず酒場に入りびたって酒を飲み、知り合いになった友人たちと駄じゃれを飛ばしたり、けんかをしたり、賭けごとに興じたりして心の中にぽっかり空いた穴を埋めようとしたのだった。

(どうせ俺は、何をやっても駄目なのさ。生まれつきツイてないからな)彼はそううそぶいて、荒れた生活を続けるのだった。

そんなある日の夕暮れ時、いつものように遊び仲間と騒ぐために盛り場に向かおうとしたとき、ふとジョンは空を見上げた。もう夕映えは消え、空にはむくむくと灰色の雲が湧き出していた。

いつか空を見上げたとき、雲の間から壮麗な神の住居が見えたものだが、今一度あの景色が見たいものだ――とジョンは思った。そして目を凝らしていると、その灰色の雲の後ろから、真っ黒な雲がむくむくと湧き出してきて、それは人の顔に変わった。

そして、おびやかすように彼をにらみつけた。――と、その口からこんな言葉が発せられた。(おまえは自分の罪を捨てて天国へ行くか。それとも罪を抱いて地獄に行くか)

彼は震え上がった。しかし、声が聞こえた方向に向かって叫んだ。「地獄行きで結構さ。俺の過去はもうとっくにどこかへ行っちゃったぜ。どうせ永遠に滅びるなら、今できるだけ楽しく過ごすのさ。罪を犯すって、結構楽しいからね」

こう言ってから、彼は急に心の中を寒々とした風が吹き抜けるのを感じた。そして、自分が世界中で本当に頼る者がない一人ぼっちの存在であることを思うのだった。そしてもう町に出て騒ぐ気にもなれず、そのまま実家に戻ることにした。

しかし、そこには恐ろしい悲劇が待ち受けていた。口数は少なくしゃべるのは不器用だが、いつもジョンをかばい、ずっと見守ってくれていた母が、風邪をこじらせて突然亡くなったのである。

これでもう自分の味方が誰一人いなくなったことを彼は感じた。

*

<あとがき>

バンヤンの悪癖は少しも改まらず、夜が来ると悪い仲間と盛り場をうろつく日が続きました。父のトマス・バンヤンは、そんな息子のことを心配し、一つの方法を考えつきます。それは、バニヤンズ・エンドという荒れた土地を彼に耕させ、そこで自活させようという計画でした。

心がひねくれていたバンヤンは、そんな父を恨み、自分を厄介払いするために家から追い払うのだろうと思っていました。そして、渋々この田舎家に移り、その土地を耕しながら、夜が来ると相変わらず町に出かけて遊び回る日が続きました。

そんなある日。彼は遊びに行こうとして家を出た途端、恐ろしい幻影を見ます。黒雲が人の顔となって彼をにらみつけ、「おまえは自分の罪を捨てて天国へ行くか。それとも罪を抱いて地獄に行くか」と彼を責めるのです。

バンヤンは震え上がってそのまま実家に戻ります。しかしそこには、母の死というさらに大きな悲劇が待ち受けていたのでした。

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◇

栗栖ひろみ(くりす・ひろみ)

1942年東京生まれ。早稲田大学夜間部卒業。80〜82年『少年少女信仰偉人伝・全8巻』(日本教会新報社)、82〜83年『信仰に生きた人たち・全8巻』(ニューライフ出版社)刊行。以後、伝記や評伝の執筆を続け、90年『医者ルカの物語』(ロバ通信社)刊行。また、猫のファンタジーを書き始め、2012年『猫おばさんのコーヒーショップ』で日本動物児童文学奨励賞を受賞。15年より、クリスチャントゥデイに中・高生向けの信仰偉人伝のWeb連載を始める。20年『ジーザス ラブズ ミー 日本を愛したJ・ヘボンの生涯』(一粒社)刊行。現在もキリスト教書、伝記、ファンタジーの分野で執筆を続けている。