2022年12月20日20時29分

保育施設における虐待はなぜ起こるのか(2)効率主義が保育を管理にしてしまう危険性

執筆者 : 千葉敦志

子ども/保育園/幼稚園
※ 写真はイメージです。(写真:森ゆゆ)

前回書きましたように、保育現場では「保育」が「指導」になってしまっている現実があります。

10年ほど前に認定こども園の園長をしていた時代、保育実習の実習生を受け入れていたときに気付いたことがあります。それは、実習計画書が15分単位のスケジュールで埋められていたことです。

例えば、園児がほとんどそろう9時半からの1歳児保育のデイリースケジュールは、下記のような感じでした。

9時30分 出席確認・健康確認 掃除、一人一人の状態をチェック
9時45分 排泄・手洗い オムツ交換、トイレトレーニング
9時50分 絵本読み聞かせ 遊びに興味を持たせる内容のもの
10時00分 遊び 絵本で導入した内容を提供する
10時15分   飽きてしまった子などに声がけをする
10時30分 お片づけ・手洗い 嫌がる子などの心に寄り添う
10時45分 午前食 それぞれの発達段階に応じて支援する
11時00分 排泄・手洗い オムツ交換、トイレトレーニング
11時15分 昼食準備・手洗い 場所を空けるために子どもたちを誘導する
11時30分 昼食 それぞれの発達段階に応じて支援する
11時45分 排泄 オムツ交換、トイレトレーニング
12時00分 お昼寝準備 布団を敷き、順次寝かせつけていく

全く息つく暇もありません。実習生に「これは可能だと思いますか」と思わず聞いてしまいました。はっきり言えば、全て一斉にやってしまおうという内容です。可能かと問われれば、不可能です。生理現象の排泄までが計画の中で行われては、大人だってたまったものではありません。思わず、養成校の担当者に「1歳児のデイリーってこんな風に教えているんですか」と電話をした記憶があります。

もっとも、養成校の責任ではないかもしれません。実習計画書がそういう作りになっていることも重大です。実習生とすれば、何とかして埋めなければいけないと思ってしまっていた部分もあるでしょう。

実際の現場を見てみれば、その他に歯磨きを行ったり、汚れた服を着替えさせたり、鼻水が出ている子の鼻を拭いてあげたり、デイリースケジュールには書き込まれない部分で大忙しなのです。

そのような状況の中、デイリースケジュールという大枠が15分単位で決められているのです。もっとも、そんなにうまくいくわけもないのですが、午前食や昼食の提供などは給食室の予定が決まっているので、動かすわけにもいきません。さらに、報道で指摘されているように、新型コロナウイルス対策でこまめな消毒も行わなければなりません。

本来的には、排泄のトレーニングなどは、それぞれの様子を見てタイミングを見極めてトイレに誘う必要がありますが、そんな余裕もないですし、優れた紙オムツは一滴の漏れも残さず吸収してしまいます。ならば、一斉に取り替えた方がいいということにいきおいなってしまいます。

さらに言えば、1歳児と1年単位でくくりますが、1歳児の1年間というのは、発達の差異が著しく、食事もミルクと離乳食があり、さらに離乳食は初期、中期、後期と分けなければなりません。走り回る子もいれば、まだハイハイが精いっぱいという子もいます。言葉や指示を理解する度合いだって全然違います。

1歳児の場合、園児6人に対し保育士1人を配置することになっています。1歳児の人数は大型の保育施設だと18人ほどになります。上記のようなデイリースケジュールに従って、1人が園児6人を担当するという感じの保育をしている施設も、見たところ多いと感じます。しかし、駄々をこねる子を座らせたり移動させたり、水分補給をさせたり、眠らせたり・・・。これでは、そもそも子どもたちとの触れ合いなどできるわけがないと思ってしまいます。うまく進んでいればいいですが、いったんつまずいてしまうと連鎖的に保育が崩壊してしまいます。

保育園における虐待事件は連日のように報じられていますが、最近報じられた富山市の認定こども園の件はとても異質な感じがします。というのも、その最初期から警察が直接介入し、その中で防犯カメラに映っていた「4つの虐待」を、警察立会いの中で保護者が確認していることです。結果、保育士2人が「暴行容疑で書類送検」されています。「4つの虐待」とは、報道によれば下記の通りです。

  • おしりが持ち上がるぐらいに(子どもの)片腕をつかみ、引きずる。その後、頭を押さえ付けてコップを無理やり口に押し付けると、嫌がって子どもが仰向けに倒れる。
  • 横になっている子どもの布団をまくり上げ、(子どもを)床に転げさせる。(子どもの)両足をつかんで宙づりで移動して、子どもが集まっている所に放り投げる。
  • 昼寝の時間に自分の子どもだけ布団が敷かれず、薄暗い中放置されている。
  • (子どもが)立ったまま食事をさせられている。

現場に立つ知り合いの保育士たちにこの件について聞きましたが、その答えからは複雑な思いが垣間見えました。

全ての保育士が異口同音に口にしたのは、「ひょっとしたら、自分にも振りかかる問題かもしれない」ということでした。「時間に追われる中、時間内にしっかりとクラスを誘導できてこそ優秀な保育士というプレッシャーを感じていたのではないか」と言う人もいました。

「保育が成果を求められている状態」にあることは前回書いた通りです。そして、その「成果」とは、いかに手間をかけずに、園児たちに対応するか、という変な常識に凝り固まったものなのです。ですから、「手間のかからない子は良い子」であり、「手間のかかる子は悪い子」というように自動的に選別されてしまうのです。

こうなると、虐待行為すら「しつけ」というものに変換されていきます。「子どもにナメられないように」というアドバイスが現場で聞こえてきたという話も聞きました。「そりゃ、子どもはいろんなものをなめるからなあ」と思っていたら、「(クラスの)保育が落ち着かないのは、園児が保育士をナメているからだ」と、チンピラの言い分みたいなことだったと知ってとても驚きました。

「言っても分からないなら引っ張るしかない」
「早く起きて、ほら!」
「仕方がない、このまま食べなさい」
「少し怖い思いをさせれば言うことも聞くさ」

今回、取り沙汰された保育士たちはそんな感じに思っていたのかもしれません。

保育は保育室という密室で行われます。スケジュール通りの保育を行うことが管理監督というのであれば、富山市の認定こども園の件は、ある意味しっかりと管理監督されていたからこそ、このような保育しかできなくなってしまったということも、ひょっとしてあり得るのではないかと思うのです。

1歳児はまだ、抱かれ、見守られ、あやされ、少しずつ独立していく年齢の子どもたちなのだという理解が、忙し過ぎる保育士の仕事の中では全く顧みられなくなってしまう、そんな状況が見えてしまうのです。(続く)

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千葉敦志

千葉敦志

(ちば・あつし)

1970年、宮城県生まれ。日本基督教団正教師(無任所)。教会付帯の認可保育所の施設長として、保育所の認定こども園化を実施。施設長として通算10年間、病後児保育事業などを立ち上げたほか、発達障害児や身体障害児の受け入れや保育の向上に努め、過疎地域の医療的ケア児童の受け入れや地域の終末期医療を下支えするために、教会での訪問看護ステーション設置などを手がけた。その後、これまでの経験に基づいて保育所等訪問支援事業を行う保育支援センターを立ち上げた。現在、就労支援B型事業所「WakeArena」を立ち上げ、地域の福祉増進を目指している。