2019年8月31日21時49分

なにゆえキリストの道なのか(210)お前は奇跡を体験したことがあるのかと問われると・・・ 正木弥

コラムニスト : 正木弥

お前は奇跡を体験したことがあるのかと問われると・・・

イスラエルの民がヨルダン川のエリコの前面で、流れを前にしているとき、「やがて水が枯れ、乾いた地を渡るように民も契約の箱も渡ることができる」と預言し、その通りになったのは奇跡であったと言うべきでしょうか。実は、上流数十キロにある町アダムのところでヨルダン川の両岸が崩れ、川にせきが出来たようになりました。このため、水がたまって、しばらく流れが止まり、数時間後に下流のそのところで水が枯れたようになったのです。(ヨシュア記3章)

これは、別に科学に反することでもなく、本来不思議なことではありません。しかし、両岸崩落の情報を知り得ない状況の中では予測不可能なことだった、つまり奇跡であったといえます。

奇跡とは、人間のそれまでの経験や科学的な洞察力では到底あり得ないと思われる事態や現象が起こること、と定義できるでしょう。ところが、その人間の経験や科学的洞察力も時代や地域によって変わる相対的なものです。3千年前ならあり得ないと思われたことが、科学技術の進んだ現代なら、あっても不思議でないというものがたくさん出てきました。昔の奇跡を科学的に説明できるようになるかもしれません。でも、その時代、その地域、その人には奇跡でないとは言えないでしょう。

今の時点で考えても、理解不能というものが、聖書の奇跡として残っています。そのようなものに私が出逢ったことはありません。

しかし、私が高校生だったころ、自我に固まって、孤独で、陰鬱(いんうつ)な顔をして、先行きの見通しもなくて、「別に生き通さなくてもいいや」と考えていたのが、あるときキリストの神様に出会ってから、徐々に明るく希望を持って、イキイキと生きられるようになったのは、私には全く予想外のことで、私に奇跡が起こったと思っています。少なくとも、そういう意味の奇跡を体験しています。

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正木弥

正木弥

(まさき・や)

1943年生まれ。香川県高松市出身。京都大学卒。17歳で信仰、40歳で召命を受け、48歳で公務員を辞め、単立恵みの森キリスト教会牧師となる。現在、アイオーンキリスト教会を開拓中。著書に『ザグロスの高原を行く』『創造論と進化論 〜覚え書〜 古い地球説から』『仏教に魂を託せるか』『ものみの塔の新世界訳聖書は改ざん聖書』(ビブリア書房)など。

【正木弥著書】
『仏教に魂を託せるか 〜その全体像から見た問題点〜 改訂版』
『ものみの塔の新世界訳聖書は改ざん聖書』
『ザグロスの高原を行く イザヤによるクル王の遺産』(イーグレープ)
『創造論と進化論 〜 覚え書 〜 古い地球説から』
『なにゆえキリストの道なのか』

【正木弥動画】
おとなのための創作紙芝居『アリエルさんから見せられたこと』特設ページ