2019年8月24日18時39分

なにゆえキリストの道なのか(209)非科学的なことが書かれているので、聖書は信じられない? 正木弥

コラムニスト : 正木弥

奇跡は科学に反する。そんな非科学的なことが書かれているので、聖書は信じられない。

科学は絶えず研究され、進歩が続いていますが、それはまだ分からない部分,未知の部分があるからです。つまり、分からない部分はいつまでも残っているのです。また、これまでに分かっていたことも、ある日それが覆されたり、全然別の側面が発見されたりもします。常識と思われていたことが否定されることもあります。今の科学ですべてを分かり尽くしているのではありません。

ですから、今の科学を根拠に「あり得ない」と断定することは慎重であるべきです。あり得ないと思われたことが、あるとき・ある状況で・ある事案であり得たというのが奇跡です。

神は全能の創造者ですが、自然世界を治めるために、自然法則を定めて維持しておられます。この定めにより、自然は原則として法則の通り動きます。しかし、まれに、神のご計画の実現のため、個別的例外的に自然法則を乗り越えることがあります。それが奇跡です。法則を造った方は例外もなし得るのです。神がご自分の造った法則に縛られてそれを超えられないというのはおかしなことです。全能の神は、例外もなし得るのです。

思考力とその積み重ねを比較すると、次のように表すことができます。動物から見ると、人間のレベルははるかに高く、人間は動物が理解できないことをする。網とか落とし穴、鉄砲など。それで捕らえられたり、殺されたりします。同様に、神のレベルは人間のレベルよりもはるかに、はるかに高いので人間が理解できないこともする。

なにゆえキリストの道なのか(209)非科学的なことが書かれているので、聖書は信じられない? 正木弥

神は全知全能です。その神が、奇跡をできないとか、奇跡をしないなら、神とはいえません。また、神とは分かりません。神だと認めることもできません。

聖書は、神が必要に応じ奇跡をしてきたことを記録していますが、そのことを信じられないなら、奇跡をしないという、人間と同じレベルの神なら信じるのでしょうか。それはもはや神とはいえません。

全能の方が信じられず、人間と同じなら信じるとはおかしなことです。神というからには人間と同じではなく、人間を超えた存在であるはずです。神が人間を超えた存在であるなら、大なり小なり、人間の分からないことをなさるはずです。つまり、何らかの奇跡をなさるはずです。

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正木弥

正木弥

(まさき・や)

1943年生まれ。香川県高松市出身。京都大学卒。17歳で信仰、40歳で召命を受け、48歳で公務員を辞め、単立恵みの森キリスト教会牧師となる。現在、アイオーンキリスト教会を開拓中。著書に『ザグロスの高原を行く』『創造論と進化論 〜覚え書〜 古い地球説から』『仏教に魂を託せるか』『ものみの塔の新世界訳聖書は改ざん聖書』(ビブリア書房)など。

【正木弥著書】
『仏教に魂を託せるか 〜その全体像から見た問題点〜 改訂版』
『ものみの塔の新世界訳聖書は改ざん聖書』
『ザグロスの高原を行く イザヤによるクル王の遺産』(イーグレープ)
『創造論と進化論 〜 覚え書 〜 古い地球説から』
『なにゆえキリストの道なのか』

【正木弥動画】
おとなのための創作紙芝居『アリエルさんから見せられたこと』特設ページ