2019年1月12日09時35分

なにゆえキリストの道なのか(177)私たちのからだが復活する、とはあり得るのか? 正木弥

コラムニスト : 正木弥

私たちのからだが復活する、とはあり得るのか。

私たちの肉のからだはいったん死んで、魂と分離して分解します。からだの組織は崩れ、細胞は分解し、タンパク質に戻り、タンパク質はアミノ酸になり、アミノ酸は元素に分解します。分解したものは基本的に、高度の知恵があればまた統合・組み合わせがまったく不可能というわけではないでしょう。

エジプトのナイル川の上流にアブシンベル神殿があります。ところが、ナセル大統領がアスワン・ハイダムの建設を発表し、このダムができれば神殿が水没することになりました。しかし、水没すると長い間に水際線を中心に水で浸蝕され、破壊されることが予想されるに至ったのです。このため、水が来ない高台に移設して保存する案を考えましたが、あの巨大で精巧な神殿をどのようにしてそうできるでしょうか。

ユネスコ(国連教育文化機構)が学者や技術者を集めてその方法を編み出しました。その方法により、神殿の全体、あらゆる部分を正確に測量し、そして、写真を撮りました。それから、神殿を構成する数百万個の石材一つ一つに番号をふり、記録し、また、平面的・立体的な位置を図面化しました。それから解体し、解体した石材を移転先に運びました。またそれから、図面や番号、写真に従って元通り組み立てたのです。あの巨大で精巧なアブシンベル神殿を、寸部違わず、元通りの姿で数キロ先の高台に移転できたのです。人間の知恵のなせるわざだと、ナセル大統領も感謝したのでした。

人間よりもはるかに知恵のある神様は、死んだ人間のからだが元素にまで分解しても(元素に番号をつける方法で、とまでは断定しませんが)何らかの方法で復元できるはずです。“復活”の場合、単に元通りの復元ではなく、もっとうまい具合に組み合わせて、良いからだに復元することもある、というのです。これが、復活の“朽ちないからだ”、“栄光あるからだ”、“強いもの”、“御霊に属するからだ”であると聖書は約束しているのです。

生まれることとよみがえることと、どちらが難しいでしょうか?かつてなかったものが存在するようになることと、かつて存在したものが再び存在するようになることと、どちらがより難しいことでしょうか?普通は、存在に到達することの方が、存在に復帰することより困難だと考えるのが冷静な考え方です。つまり私たちに、生まれる(出生)という難しいことが神によってなされているのですから、再びからだを与えられるということ(復活)が神によってできないはずはない、といえるのです。(『パンセ』222)

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正木弥

正木弥

(まさき・や)

1943年生まれ。香川県高松市出身。京都大学卒。17歳で信仰、40歳で召命を受け、48歳で公務員を辞め、単立恵みの森キリスト教会牧師となる。現在、アイオーンキリスト教会を開拓中。著書に『ザグロスの高原を行く』『創造論と進化論 〜覚え書〜 古い地球説から』『仏教に魂を託せるか』『ものみの塔の新世界訳聖書は改ざん聖書』(ビブリア書房)など。

【正木弥著書】
『仏教に魂を託せるか 〜その全体像から見た問題点〜 改訂版』
『ものみの塔の新世界訳聖書は改ざん聖書』
『ザグロスの高原を行く イザヤによるクル王の遺産』(イーグレープ)
『創造論と進化論 〜 覚え書 〜 古い地球説から』
『なにゆえキリストの道なのか』

【正木弥動画】
おとなのための創作紙芝居『アリエルさんから見せられたこと』特設ページ