2018年5月15日01時11分

神学校教育に一石投じる 「拓成学院」が日本の福音宣教に示すもの(1)

執筆者 : 青木保憲

拓成学院

朝5時45分。階下が急に騒がしくなった。目覚めはいい方なので、すぐに何が起こっているのかを理解できた。これから始まる「授業」のために、生徒たちが準備をしているのだ。聞こえてくる声は、どこか楽しそうだ。

着替えて、宿泊していた3階から2階へ降りていく。昨夜はパブリックスペースだった所に長テーブルが設置され、椅子も運ばれている。正面には大型モニター。そして後ろにはコーヒーや水が置かれている。

午前6時になった。すると他の生徒たちが次々と階段を駆け上ってくる。そして思い思いの席へ着く。皆10代から20代前半の若者たちだ。スーツを着たビジネスマンから、膝の破れたジーンズを履いている大学生まで、その数15、6人。男女の比率はちょうど半々くらい。

皆の顔には笑顔が絶えない。まるで遠足当日のようだ。彼らは「拓成学院」の生徒たちである。毎週2回、午前6時から8時まで授業を受ける。その後、それぞれ会社や学校、バイト先へと飛び出していく――。

拓成学院は、2017年4月に開校したユニークな(神)学校である。発起人は、出版の仕事をしながら、ヒズコールチャーチ(名古屋市)で協力牧師を務めているクリス・モア氏。彼はカナダで宣教師としての訓練を受け、日本語も学び、13年からヒズコールチャーチで奉仕している。主任牧師の細江政人氏が「10年で10教会を開拓する」というビジョンを掲げたことで、これに協力すべしという促しを神から受け、拓成学院という具体的アイデアを提案したという。

以下に、モア氏自身の言葉を引用しよう。

「2016年の初めに、政人先生が『10年で10教会を開拓する』というビジョンを語りました。実際にそれを実現するためにどうすればいいのかと祈っていたとき、そのためには『10のチーム』が必要だと分かりました。海外の神学校ではなく、また従来の聖書学校でもなく、開拓に特化した、実践しながら学べる場が必要だと思ったのです。

海外には素晴らしい聖書学校がたくさんあります。でも、留学している4年間は日本での働きができません。そして海外で成功しているモデルを学んでも、必ずしもそれが日本に適しているとはいえないでしょう。

また従来の聖書学校だと、クリスチャンでない人たちがほとんど関心を持たない事柄をたくさん勉強しなければなりません。それよりも、教会で活動しながら、教会開拓に必要な人格形成やビジネス、経済のスキルなどを身に付けることの方が大切だと思うようになりました。その意味は、拓成学院は聖書学校や神学校というよりも、『教会開拓のチームを育む場』です」

モア氏が語る「教会開拓のチームを育む場」としての学校に、筆者は大いに興味を持った。そして今回の見学となったわけである。ちなみにその日の授業は「教会形成」と「ビジネス」の2科目であった。

最初は「神学校の授業として『ビジネス』なんて必要あるのか」と思ったが、実際に授業を見学してみると、これがとても面白く有意義であった。特にモア氏の言葉を踏まえて考えると、どうしてこの2科目が一緒になってカリキュラムが組まれているのか、大いに納得させられた。これこそ、この学校の特徴なのだと理解できる。

午前6時5分。講師のモア氏が「では始めます!」と第一声を発すると、皆の顔つきが真剣になる。それから約1時間、教会という組織がどのように生まれ、どんな形態へと変化してきたのか、テキストに基づいた講義が行われた。

時折、生徒たちから起こる歓声、納得の反応、そして驚きの「へぇー」という声。教師と生徒が一体となっていることが分かる。

内容としては、歴史的なキリスト教会の組織形態が幾つか挙げられ、自分たちの教会が現在どの位置にあるのかを探るというもの。生徒たちの意見がそこに反映され、最後は講師が自身の体験を踏まえてまとめるという、いわゆるインタラクティブなゼミ形式授業であった。

神学校教育に一石投じる 「拓成学院」が日本の福音宣教に示すもの(1)
週2回午前6時から8時まで行われる授業は祈りで始まる。

時刻がまもなく7時になろうかというとき、授業は終わる。そして次の授業のプリントが配布される。次の科目は「ビジネス」。個人情報が含まれるため詳細は書けないが、第一線で活躍している本物のビジネスマンが講師であった。

そして某有名ホテルの朝礼をそのまま実演。いかにホテル側が宿泊客に寄り添ってサービスに徹しようとしているかを実体験できる。それはそのまま、新しい人が教会に来たときの私たちの対応にも直結する。

そう思ってみていると、確かにすごい。

「○○様、嫌いな食べ物としてこれとこれがあります。食事をお出しする際、気を付けてください」

「○○様の奥様、最近はとてもストレスを抱えておられるようです。今回はリラックスするために宿泊に来られます。決してNOと言わないようにしてあげてください」

こんな案件を講師が次々と読み上げていく。そして最後にこう言い添えた。

「これらの留意事項は、1回で聞き取ってください。3カ月くらいこの朝礼をやると、大体1回で聞き取れるようになります」

生徒たちも目を丸くしてこのデモンストレーションを聞き、そして感銘を受けていた。

教会はさまざまな背景を持った人が来る場である。心に傷を負った人にはしっかりと寄り添い、励ましを求めている人には聖書から安心感を与える。それぞれのニーズにしっかりと応えるということは、(当たり前だが)社会人としての資質にも直結する。そんな意味でも、神学校教育にこういったホテルサービスのような精神を持ち込むことは、面白い試みであると思われる。

授業の後、拓成学院の特徴についてモア氏に直接インタビューする機会に恵まれた。次回(5月22日掲載予定)は、その様子をお伝えしたい。(続く)

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■「拓成学院」が日本の福音宣教へ示すもの:(1)(2)(3)

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青木保憲

青木保憲

(あおき・やすのり)

1968年愛知県生まれ。愛知教育大学大学院卒業後、小学校教員を経て牧師を志し、アンデレ宣教神学院へ進む。その後、京都大学教育学研究科修了(修士)、同志社大学大学院神学研究科修了(神学博士)。グレース宣教会牧師、同志社大学嘱託講師。東日本大震災の復興を願って来日するナッシュビルのクライストチャーチ・クワイアと交流を深める。映画と教会での説教をこよなく愛する。聖書と「スターウォーズ」が座右の銘。一男二女の父。著書に『アメリカ福音派の歴史』(明石書店、12年)、『読むだけでわかるキリスト教の歴史』(イーグレープ、21年)。