2017年11月23日19時00分

温故知神―福音は東方世界へ(85)大秦景教流行中国碑の現代訳と拓本30 川口一彦

コラムニスト : 川口一彦

温故知神―福音は東方世界へ(85)大秦景教流行中国碑の現代訳と拓本30 川口一彦

<本文と拓本>文字30(896+30=926)

法棟暫橈而更崇(法棟は暫く撓み更に崇く)、道石時傾而復正(道の石は時に傾き而して復正す)。天寶初(天寶初年[742年])、令大将軍高力士[注1]送(大将軍の高力士[こうりきし]を送る)。五聖[注2]冩真寺内安置(五聖の写真を寺内に安置す)

<現代訳>

法棟(景教教会を家屋で譬[たと]えた言葉)はしばらくたわみ、さらにあがめられ、道石(道に敷いた石がきちっと並べられた様子を譬えた)が時に傾いたものの復活し、正されました。

天宝(742~56)初年の742年、唐の大将軍高力士が皇帝から派遣され、五聖人(唐の五皇帝か)の肖像写真を会堂に安置し、・・・

[注1]高力士(684~762)は唐の宦官で天宝7年に任じられた大将軍。玄宗皇帝と共に生きた政治家。
[注2]五聖とは五皇帝のことで、初代は高祖・太祖の李淵、2代は李世民の太宗、高宗、中宗、睿宗のこと。

<解説>

この箇所は、景教の力が迫害や霊的弱さにより衰えたことを教え、強めるために指導者たちが中央アジアの本拠地から唐に来て霊的に励ましたことから活力が戻ったこと、皇帝からも支援があったことが語られている。景教会堂内に皇帝の写真を置いたことは偶像崇拝ではなく、国の指導者が正しく政治を行うため、祈りをもって支えるために置いたと考えられる。碑文や景教文書には皇帝を崇拝したとか、教会の指導者として皇帝を立てたとのことは語られていない。

新約聖書テモテへの手紙第一2章1~3節参照。「王とすべての高い地位にある人たちのために願い、祈り、とりなし、感謝がささげられるようにしなさい」と勧めている。

※ 参考文献
『景教—東回りの古代キリスト教・景教とその波及—』(改訂新装版、イーグレープ、2014年)

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川口一彦

川口一彦

(かわぐち・かずひこ)

1951年、三重県松阪市生まれ。愛知福音キリスト教会宣教牧師、基督教教育学博士。聖書宣教、仏教とキリスト教の違い、景教に関するセミナーなどを開催。日本景教研究会(2009年設立)代表、国際景教研究会・日本代表を務める。季刊誌「景教」を発行、国際景教学術大会を毎年開催している。2014年11月3日には、大秦景教流行中国碑を教会前に建設。最近は、聖句書展や拓本展も開催している。

著書に 『景教—東回りの古代キリスト教・景教とその波及—』(改訂新装版、2014年)、『仏教からクリスチャンへ―新装改訂版―』『一から始める筆ペン練習帳』(共にイーグレープ発行)、『漢字と聖書と福音』『景教のたどった道』(韓国語版)ほかがある。

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