2016年7月14日17時18分

わが人生と味の道(35)随想録:人生2 荘明義

コラムニスト : 荘明義

[人生]
これが悩みの正体です

「愛する者たちよ。あなたがたを試みるために降りかかって来る火のような試錬を、何か思いがけないことが起ったかのように驚きあやしむことなく、むしろ、キリストの苦しみにあずかればあずかるほど、喜ぶがよい。それは、キリストの栄光が現れる際に、よろこびにあふれるためである」(Ⅰペテロ4:12~13、口語訳聖書)

最後に言う。主にあって、その偉大な力によって、強くなりなさい。悪魔の策略に対抗して立ちうるために、神の武具で身を固めなさい。わたしたちの戦いは、血肉に対するものではなく、もろもろの支配と、権威と、やみの世の主権者、また天上にいる悪の霊に対する戦いである。それだから、悪しき日にあたって、よく抵抗し、完全に勝ち抜いて、堅く立ちうるために、神の武具を身につけなさい。すなわち、立って真理の帯を腰にしめ、正義の胸当てを胸につけ、平和の福音の備えを足にはき、その上に、信仰のたてを手に取りなさい。それをもって、悪しき者の放つ火の矢を消すことができるであろう。また、神の言をとりなさい。絶えず祈と願いをし、どんな時でも御霊によって祈り、そのために目をさましてうむことがなく、すべての聖徒のために祈りつづけなさい。(エペソ6:10~18、口語訳聖書)

悩みの正体が分かると、付き合い方が分かります。だから、神の知恵を通して悩みの正体を見つけることです。神の子どもとされた私たちは、聖書を読み、祈り、ささげものをし、時には悩みのある人の相談にも乗り、クリスチャンらしい生活をしています。

でも時々、悩みを感じます。大小ありますが、悩みます。今まで通ってきた人生の道で、大きな悩みも幾つかありました。しかし、それも時が解決してくれました。それでも、私は本当の悩みの正体について研究したことがありませんでした。人は悩まなくてもよいのだということに気付きませんでした。

悩みの正体とは何か。聖書の中では、神がわざわざ人間に悩むようなことをさせているところがあります。アブラハムにイサクをささげさせ、ヨブに苦しみを与える等々。一体神が人間に苦しみを与える目的は何でしょう。そして、悩むべき本当の価値は何なのでしょう。悩みを通して学ぶ最高の結論は、神が私を造った目的、本当の自分に出会えるチャンスにあるのです。

悩みは、私から「傲慢(ごうまん)」「自我」「嫉妬」「高ぶり」「わがままな性格」などを取り去ってくれる良薬です。悩みの正体は、私を苦しめるためのものではなく、本来あるべき姿の自分に出会えるチャンスなのです。その意味が分からずに、苦しみ、悩み、自分の力でどうにかしたがっているうちは、神が見かねて悩みを軽くしてしまうかもしれません。もったいないことです。

問題の大小ではなく、悩みの正体は「私が神のために仕えられる自分に近づくための学び」と理解しましょう。悩むことなどない、悩む人は神の時間の無駄遣いだと気付くことです。

悩みとは、神の時間を盗んで、人間的に、いたずらに自分の体、心に傷をつけることなのです。愛する子どもの命を自分で取り上げる――これほど大きな、ショッキングな悩みは他に存在しないでしょう。でも、神はあえてアブラハムにチャレンジさせたのです。神がそれだけ素晴らしい信仰をアブラハムに与えたからです。

あなたの悩みの大きさが、あなたの信仰の大きさです。決して悩み苦しむのではなく、今、神に示されたやるべき水汲みに徹することなのです。ヨハネによる福音書2章1節から11節に、ガリラヤのカナの婚礼の奇跡が語られています。お酒がなくなりました。イエスの母は手伝いの人たちに、イエスの言うことを聞いて水を汲むようにしたところ、その水がお酒になったのです。

結果を気にするより、神に従う心が悩みのレッスンのポイントです。

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荘明義

荘明義

(そう・あきよし)

1944年中国・貴州省生まれ。4歳のときに来日、14歳で中華料理の世界に入り、四川料理の大家である故・陳建民氏に師事、その3番弟子。田村町四川飯店で修行、16歳で六本木四川飯店副料理長、17歳で横浜・重慶飯店の料理長となる。33歳で大龍門の総料理長となり、中華冷凍食品の開発に従事、35歳の時に(有)荘味道開発研究所設立、39歳で中華冷凍食品メーカー(株)大龍専務取締役、その後68歳で商品開発と味作りのコンサルタント、他に料理学校の講師、テレビや雑誌などのメディアに登場して中華料理の普及に努めてきた。神奈川・横浜華僑基督教会長老。著書に『わが人生と味の道』(イーグレープ)。

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