こういうわけで、このように多くの証人たちが、雲のように私たちを取り巻いているのですから、私たちも、いっさいの重荷とまつわりつく罪とを捨てて、私たちの前に置かれている競走を忍耐をもって走り続けようではありませんか。(ヘブル12:1)
私たちの人生を競技に例えるなら、マラソンのような長距離走だと思わされます。今日開きました箇所には、前に置かれた競走を忍耐をもって走り続けようと書かれています。自分の心を探り、心の重荷や罪深い力、厄介なものを抱えたままその歩みにブレーキがかかっていないか、もう一度点検してまいりましょう。3つのことを確認したいと思います。
1. あなたの人生の重荷を主に委ね切ろう!
自分の人生を振り返り、親に対しての恨みが忘れることのできない心の重荷になっていますとか、夫婦関係の出来事がトラウマになっていますと言われる方がいます。マタイ11章28節には、「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます」とあります。私たちは、クリスチャンとしてイエス様と共に歩む人生を与えられていますから、心に傷を受ける出来事があったとしても、それをずっと後生大事に持ち続けるのではなく、イエス様にお委ねしましょう。イエス様は私たちの人生の重荷を身代わりに背負ってくださり、そののろいを断ち切るために十字架で死んでくださいました。救い主であるイエス様に委ね切ろうではありませんか。もう一度、あなたの心を探り、ブレーキになっているものがあるならば、イエス様に委ね切れますようにと祈ってまいりましょう。
2. あなたの毎日の心配事を主に任せよう!
私たちの日々には、心配事、不安や思い煩いがありますが、自分で悩んでも解決には向かいません。むしろ、ブレーキがかかって歩みを鈍くするばかりです。第一ペテロ5章6~7節ではっきりと「ですから、あなたがたは、神の力強い御手の下にへりくだりなさい。神が、ちょうど良い時に、あなたがたを高くしてくださるためです。あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです」とあり、思い煩いの一切を委ねなさいと語っています。日々の心配事や不安を全部イエス様にお任せしましょう。主は常に共にいてくださいますから、主にあって、慌てふためかず、主の前にへりくだり、全部お委ねしましょう。
3. あなたの心の器を御霊で満たそう!
ガラテヤ5章19〜24節にはこうあります。「肉の行いは明白であって・・・不品行、汚れ、好色・・・しかし、御霊の実は、愛、喜び、平安・・・キリスト・イエスにつく者は、自分の肉を、さまざまの情欲や欲望とともに、十字架につけてしまったのです」。私たちの心の器を、不安や争い、罪で重くするのではなく、聖霊の喜びや楽しさ、軽やかさで満たしていただこうではありませんか。心が聖霊で満たされ、御霊の実が結ばれるように祈りましょう。イエス様によって心を軽くしていただいて、聖霊で満たされ、人生の旅路を忍耐をもって辛抱強く、走り続けようではありませんか。金子道仁(みちひと)先生も牧師として、ビジョンを持ち、参議院選挙に果敢に挑戦しておられます。主の栄光が現されますようにお祈りください。
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