2026年7月22日21時08分

ワールドミッションレポート(7月22日):ブラジル 「教会の男」は油にまみれたタイヤの修理工①

執筆者 : 石野博

ワールドミッションレポート(7月22日):ブラジル 「教会の男」は油にまみれたタイヤの修理工①
ブラジル北東部の都市イリェウス(写真:Ronaldosst / CC BY-SA 4.0)

ブラジル北東部の湾岸都市イリェウス。美しいビーチリゾートの顔を持つ一方で、その周縁部には国家や警察の機能が及ばない、暴力と貧困に支配された過酷なスラム街が広がっている。敵対するギャングの派閥が血で縄張りを主張するこの危険な街の片隅で、アンデルソン・ドス・サントスは毎日、油にまみれて車のタイヤ修理をしている。

しかし、夕暮れ時になると彼のもう一つの顔が現れる。彼は手を洗い、暗く危険な通りに出て、子どもたちや若者のグループを小さな店舗跡の教会へと導き始めるのだ。この地域において、アンデルソンは「教会の男」として広く知られている。

そして驚くべきことに、彼の呼び名は、彼と彼に従う者たちに、ギャングの間を無傷で通り抜けることができる「聖なる安全通行証」を与えているのだ。

ブラジルのキリスト教界隈といえば、メディアでは数万人を収容する巨大なメガチャーチや華やかなステージばかりが注目されがちだ。しかし、この国の霊的な成長の真の最前線はそこにはない。アンデルソンの教会のように、会員数50人ほどの小さな路地裏の教会こそが、国家や伝統的な制度が見捨てた場所で、人々を最後に受け止める決定的なセーフティーネットとなっているのだ。

彼らのような底辺の教会を率いているのは、エリート神学者や専業の宗教家ではない。昼間は家の掃除や屋台での販売、あるいはタイヤ修理といった肉体労働で家族を養い、夜は牧師として、命を削って共同体に仕える「二重の職業」を持つ労働者階級の牧師たちだ。

神学者のチアゴ・デ・メロは、人口の半数以上が最低賃金以下で暮らすブラジルの過酷な社会構造において、彼らのような労働者階級の牧師たちこそが「真のブラジルの姿」を正確に反映していると指摘する。華やかなアリーナではなく、暗闇の通りを歩く日々の忠実な歩みの中にこそ、ギャングの暴力さえも手出しできない強固な神の聖域が築き上げられているのだ。(続く)

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石野博

石野博

(いしの・ひろし)

2001年より、浜松の日系ブラジル人教会で日本人開拓、巡回伝道者として従事。12年より、奥山実牧師のもと宣教師訓練センター(MTC)に従事、23年10月より、浜松グッドニュースカフェMJH牧会者として従事。18年3月より、奥山実牧師監修のもと「世界宣教祈祷課題」の執筆者として奉仕。23年10月より「世界宣教祈祷課題」を「ワールドミッションレポート」として引き継ぎ、執筆を継続している。