
神様は愛であられ、私たちの全てをご存じであられます。立つも座るも知っておられ、眠ることもなく働かれるこのお方以外に、私たちの心に平安を与えてくださるお方はおりません。私たちの心の弱さもご存じであり、全てを超越なさった方であるのですから。
父なる神、子なるキリスト、聖霊なる三位一体なる神様がこの世界をお造りになられました。子なるキリストは私たちの罪を贖(あがな)い、十字架にかかられました。
不完全な私たちのために十字架につけられ、罪の贖いを引き受けてくださったのです。この破れかぶれの罪びとに永遠の命を下さった。神の愛は被造世界の全てに現れています。風にも木々にも。花々や小鳥たち、かわいらしい私の猫も、神様が愛を込めて造られました。
人は今日も争い、怒号は世界にやむことはありません。しかし、このお方が間もなく来られることに私は望みを置いています。いつの時代の信仰者も叫んでいたことでしょう。
「主よ、来たりませ!」私の心も叫んでいます。主よ、来たりませ。そして、すべからくこの世を治めてください。
試練もまた神様の恵みです。試練は時に、信仰の迷いを伴います。また忍耐を伴います。くじけて信仰を失いそうになる時もあります。しかし、99匹の羊のたとえのごとく、イエス様は私たちを離しはしません。必ず崖から落ちそうな目の見えぬ羊を助け出してくださいます。私たちにはこの絶対者がおり、この絶対者の故に守られています。
昨夜も夜中に目覚め、レアチーズケーキを作りました。いちごのレアチーズケーキに、プラムをピューレしたジェルをのせたレアチーズケーキです。育ちの影響もあるのでしょう。ずっと自分に厳し過ぎた私でした。少しずつイエス様が私にお望みくださっている生きることの幸せを知りながら、それを噛みしめるこの頃です。
今日も夫は私のために一生懸命働いてくれています。おいしい料理を夫や義父母への愛で心を満たしながら作る時を与えられるよう願います。
心が苦しいときには、このような心の病や痛みに多くの人が耐えていることを思います。すると、痛みは不思議と熱い祈りへ変わっていきます。
「あなたがたの会った試練で、世の常でないものはない」(Ⅰコリント10:13)。この聖句にどれだけ支えられてきたことでしょうか。自分だけが、自分ばかりが……そんな思いは苦しみをより深めてゆきます。しかし、同じような苦しみにこの世界では多くの人が耐えています。自分よりももっと激しい苦しみも、多くあるでしょう。そのことを思うとき、痛みは祈りに変わります。
天の万象も神様のご臨在を圧倒的に示しています。全ての命が神様の愛のもとで幸せに安らぐことができるよう、祈るばかりです。
(絵・文 星野ひかり)
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