2026年7月4日22時13分

ワールドミッションレポート(7月4日):インド 「盗賊の村」から「福音の村」へ─福音が全てを新しくする

執筆者 : 石野博

ワールドミッションレポート(7月4日):インド 「盗賊の村」から「福音の村」へ─福音が全てを新しくする
南インドの東海岸に位置するアーンドラ・プラデーシュ州の州都ハイデラバード(写真:Yedla70 / CC BY-SA 3.0)

もう随分昔の話だ。インド全土にその悪名をとどろかせていた、ある恐るべき共同体があった。「盗賊の村」と呼ばれたその村では、犯罪は単なる個人の選択ではなく、代々受け継がれる「家業」であった。

強盗や暴力が日常を支配するこの村で「黄金のすずめ」という異名で恐れられていた男がいた。ボラク・イサクである。

彼は9人の手下を率い、列車や政府機関を標的にした大胆な強盗を繰り返していた。死と隣り合わせの逃亡生活が続く人生の中で、彼もまた心密かに心の平安を渇望していた。「変わろうと努力したこともあったが、そのたびにさらに深い闇へと転落する。それがまさに俺の人生だった」と彼は、かつて自分がとらわれていた絶望について述懐する。

しかし、決して断ち切れないものと思われたこの負の鎖は、最も予期せぬ場所、すなわち薄暗い「刑務所の独房」の中で打ち破られることとなるのだ。

7年の実刑判決に直面し、全てを失ったイサクは、同室の囚人からイエス・キリストの福音を聞いた。「惨めな罪人」に対する神の無条件のあわれみのメッセージは、この冷酷な盗賊のリーダーの硬い心を完全に打ち溶かした。

激しい悔い改めと涙の祈りの後、彼は信じられない奇跡を体験する。裁判所が彼に対する告訴を取り下げ、晴れて自由の身となり、牢獄から解放されたのである。

しかし、社会に戻った彼を待っていたのは、横暴と傲慢(ごうまん)の限りを尽くした、かつての悪の華道とは真逆の、徹底した「へりくだり」の歩みであった。彼は神の時が来るのをじっと待ちながら、実に14年もの間、地元の教会で床を掃き、皿を洗うという最も卑しい奉仕に、静かに身をささげたのである。

イサクの劇的な変容は、やがて村全体を巻き込む壮大な社会変革の引き金となった。かつて警察さえも恐れてパトロールを強化していた厄介な「盗賊の村」は、今では「福音の村」という新しい名前で呼ばれている。現在、村に住む約5千人の住民のほぼ全員がキリストの弟子であることを公言し、村内には約20もの教会が建ち並んでいるのだ。

聖書は言う。

だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。(Ⅱコリント5:17)

長年にわたる救世軍の忍耐強い教育・職業的支援もあって、犯罪の世代間連鎖は完全に断ち切られたのだ。多くの凶悪犯を輩出していたこの村は、現在では、医師、教師、公務員、さらには州警察のトップまでも生み出す「祝福の源」へと姿を変えた。

さらに、キリストに献身した若い世代は現在、新約聖書を彼らの母語であるイェルクラ語に翻訳するという歴史的な偉業に取り組んでいる。

インドの「福音の村」のために祈ろう。何世代にもわたる犯罪と暴力の連鎖を完全に打ち砕き、強盗たちを神の器として作り変えた聖霊の比類なき御業が、インド全土の最貧困層や犯罪多発地域にも力強く波及していくように。

イサクのように、暗闇の中で絶望している罪人たちが牢獄の中で神の恵みに出会い、人生の完全な回復を体験できるように。そして、現在進められているイェルクラ語への新約聖書翻訳プロジェクトが豊かに祝福され、彼らの母語を通してさらに多くの魂が救いへと導かれるよう、祈っていただきたい。

■ インドの宗教人口
ヒンズー 74・3%
プロテスタント 3・6%
カトリック 1・6%
英国教会 0・2%
イスラム 14・3%

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石野博

石野博

(いしの・ひろし)

2001年より、浜松の日系ブラジル人教会で日本人開拓、巡回伝道者として従事。12年より、奥山実牧師のもと宣教師訓練センター(MTC)に従事、23年10月より、浜松グッドニュースカフェMJH牧会者として従事。18年3月より、奥山実牧師監修のもと「世界宣教祈祷課題」の執筆者として奉仕。23年10月より「世界宣教祈祷課題」を「ワールドミッションレポート」として引き継ぎ、執筆を継続している。