この日、主はモーセに言われた、「あなたはエリコに対するモアブの地にあるアバリム山すなわちネボ山に登り、わたしがイスラエルの人々に与えて獲させるカナンの地を見渡せ。 あなたは登って行くその山で死に、あなたの民に連なるであろう。あなたの兄弟アロンがホル山で死んでその民に連なったようになるであろう。これはあなたがたがチンの荒野にあるメリバテ・カデシの水のほとりで、イスラエルの人々のうちでわたしにそむき、イスラエルの人々のうちでわたしを聖なるものとして敬わなかったからである。それであなたはわたしがイスラエルの人々に与える地を、目の前に見るであろう。しかし、その地に、はいることはできない」。(申命記32:48~52)
今日の聖書箇所で主がモーセに語られたように、もし今、自分の切に望んでいる事柄が、この地上にいる間には実現しないと主から告げられたとしたら、どう思われるでしょうか。
ほとんどの人にとって、それは失望以外の何ものでもありません。しかし、たとえそうであったとしても、私たちにはまだ希望があります。なぜなら、どんな状況にあっても私たちは、主の愛を体験し、他の人々にその愛を注ぐことを選択できるからです(参照・ローマ5:3~5)。
そもそも、この地上における目に見える業績は、天国へ持ち帰ることができません(Ⅱコリント3:18)。愛こそが、永遠の価値を持つのです(参照・Ⅰコリント13:13)。
私たちの人生には、たとえこの世の基準では失敗のように見えても、永遠の視点から見て本当に重要なものを選ぶ機会が、皆平等に与えられています。
もし私たちが、目に見える成功にばかり目を向けるならば、全ての人に与えられている、この永遠に続く最高レベルの成功、すなわち「愛」を体験するための機会を失ってしまうのです。
GOD BLESS YOU!
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